佐藤 郁江(岡崎南病院)
わかりやすいはわかりにくい?-臨床哲学講座
鷲田清一(著) ちくま新書
以前に山鳥重先生の『「わかる」とはどういうことか』という本を手に取って読んだことがあった。私にとってこれは腑に落ちていました。その後しばらくしてこの本『わかりやすいはわかりにくい?』を見つけて手に取った。私の中でどういったことだろうと読み始めました。章ごとに「問いについて問う」、「こころは見える?」などのついておりその最終章に「わかりやすいはわかりにくい?―知性について」がありました。その中に「わからないものをわからないまま放置して入りことに耐えられないからだ。だから、わかりやすい物語に飛びつく」とある。これは私の中にもあり、自分なりの理由をつけていることは多い。しかし、その少し前に「正解がないものに、わからないまま、正解がないまま、いかに正解に対処するかということなのである。そういう頭の使い方をしなければならないのが私たちのリアルな社会であるのに、多くの人はそれと反はい方向に殺到する」とあります。私の中で簡単に言ってしまえば幅の広い考え方をしなければいけないのだと思いました。それと同時に患者さんにとって納得のいかないことには不安が付きまとうこともあります。わかりやすいように説明してもその時その人の解釈であり、変化が起こってくることを、私が知っていなければいけないのではと感じました。
2011年9月15日木曜日
2011年9月1日木曜日
音楽で脳はここまで再生する
尾﨑正典(尾張温泉リハビリかにえ病院)
音楽で脳はここまで再生する ―脳の可塑性と認知音楽療法―
奥村歩(木沢記念病院中部療護センター脳神経外科部長)
佐々木久夫(構成・編)
人間と歴史社(2008年5月20日 初版第1刷発行)
偶然、本屋で目に留った書籍であった。音楽療法は学生時代の特別授業で経験したことがあるが「認知音楽療法」という言語は初めてであり、思わず手に取ったというのがこの本との出会いであった。パラパラっと読んでいるとその中に「カルロ・ペルフェッティ」「認知運動療法」の文字が視覚に入ってきた。全く偶然に出会った本の中に2つの単語が書いてあり、読んでみようと購入した。著者は医師であり、岐阜県美濃加茂市にある「木沢記念病院中部療護センター」に勤務されており脳外傷による「重度脳機能障害」のある患者さんが入院される病院であり、その設立趣旨は、「交通事故による遷延性意識障害を含めた重度脳機能障害の後遺症を認める者に対して専門性の高いリハビリや看護等の医学的療法を施して、社会復帰への可能性を追求することを目的とする」とされているそうです。
著書のなかで「認知音楽療法」とは、「認知機能がうまく働かなくなってしまった高次脳機能障害の患者さんに、音楽の複合的な刺激を用いて、眠っている機能を賦活させ、あるいは新たな脳内ネットワークを発達させて、認知機能の構築を図る療法」と述べられている。認知音楽療法のターゲットとしているのは、あくまでも患者さんの脳の認知機能であり、患者さんの脳の神経機能の再建や再組織などの機能回復のメカニズムに注目しているとのことである。著者の勤務先で実施されている「リハビリ」は脳に対する刺激を意識した治療が基本となりこれを「五感刺激療法」と呼び、通常「五感」とは、嗅覚・視覚・聴覚・味覚・触覚(位置覚や振動覚も含む)を指しますが「五感刺激療法」は、この五感を単独刺激するのではなく、複合的に刺激して、最終的には脳の「認知機能」に働きかけることを目的としているとのことである。
認知運動療法が著書の中で、どのように述べられているかというと『従来のリハビリテーションは、脳や認知機能という中枢を意識する視点が乏しく、「身体のためのリハビリ」といえるものでした。従来の運動機能の回復を担う「運動療法」(運動マヒの回復を図る療法)を例にとっても、その理論はマッサージや関節可動域訓練、電気刺激など、再び身体を動かすための「動機づけ理論」がその拠りどころとなっていて、脳から切り離された「身体のみ」に長いあいだ視線が向いていました。ところが、近年になって、運動療法の世界においても「五感刺激療法」的な、脳機能を意識した視点が取り入れられ始めています。
1980年代、カルロ・ペルフェッティによって「運動機能の回復には筋力増強などの身体を対象にした治療ではなく、脳の認知過程への学習による運動の認知制御機構を再組織化する治療が大切である」ことが明らかにされるに至って、今日では運動療法も「認知運動療法」へと進化しています。
※カルロ・ペルフェッティ・・・・イタリアのリハビリテーション医で、近年のリハビリテーションの世界に新しい可能性をもたらす「認知運動療法」の基礎を確立した。』と書かれています。
著者のセンターでは脳科学、脳の可塑性、意識、認知機能の活性化、気づき、情動などに注目し音楽療法を展開されています。確かに私が経験した音楽療法は太鼓をたたいたり、ピアノに合わせて踊ったり、ハンドベルで演奏したりと何が何だが分からず皆と踊ったり演奏したり、とにかく楽しく行えばいいといった感じ(実際指導者も当時言われていた。)であった。音楽療法をきちんと学習したわけでもないのでよくわからないというのが当時の感想であった。
認知音楽療法の有用性については以下のように挙げられている。
1)認知構造を刺激
2)音楽する脳はタフ
3)残存機能を活かす
4)ヘッブの法則
5)記憶・情動に共感
6)快の原則
7)運動機能の随意性
8)気づき
9)認知機能の回復
10)非薬物療法
著者は、セラピストの力量次第で結果が大きく違ってくると述べており、認知音楽療法の施行にあたってセラピストが心得ておくべきいくつかの条件が挙げられている。
1)音楽的刺激に対してクライアントの反応を鋭い観察力と感受性で受け止める。
2)クライアントの微妙な「表情の変化」を正確に読み取る。
3)反応の状況によって刻々と与える刺激を変化させる。
4)クライアントに外界や自己への「気づき」を取り戻すよう促す。
5)理論背景を持つ・・・神経科学、神経病態学などの知見を理解しておく。
6)「回復のメカニズム」を明確にする。
7)「戦略」を持つ
8)「医学用語」で著述が可能な事象を対象とする。
認知音楽療法は治療者と患者さんとの間で「音楽」という太古の昔から人類が関わってきた一つの道具を通じて治療に取り組んでいる。脳科学、認知機能等視点を取り入れており音楽を通じて患者を知ろうとしている。患者さんと音楽療法士の関わり、認知音楽療法の脳科学からの視点など書かれているので興味のある方は一度読んでみると、私たちが日々学習している認知神経リハビリテーションをまた新しい別の視点から考えさせてくれると思う。
音楽で脳はここまで再生する ―脳の可塑性と認知音楽療法―
奥村歩(木沢記念病院中部療護センター脳神経外科部長)
佐々木久夫(構成・編)
人間と歴史社(2008年5月20日 初版第1刷発行)
偶然、本屋で目に留った書籍であった。音楽療法は学生時代の特別授業で経験したことがあるが「認知音楽療法」という言語は初めてであり、思わず手に取ったというのがこの本との出会いであった。パラパラっと読んでいるとその中に「カルロ・ペルフェッティ」「認知運動療法」の文字が視覚に入ってきた。全く偶然に出会った本の中に2つの単語が書いてあり、読んでみようと購入した。著者は医師であり、岐阜県美濃加茂市にある「木沢記念病院中部療護センター」に勤務されており脳外傷による「重度脳機能障害」のある患者さんが入院される病院であり、その設立趣旨は、「交通事故による遷延性意識障害を含めた重度脳機能障害の後遺症を認める者に対して専門性の高いリハビリや看護等の医学的療法を施して、社会復帰への可能性を追求することを目的とする」とされているそうです。
著書のなかで「認知音楽療法」とは、「認知機能がうまく働かなくなってしまった高次脳機能障害の患者さんに、音楽の複合的な刺激を用いて、眠っている機能を賦活させ、あるいは新たな脳内ネットワークを発達させて、認知機能の構築を図る療法」と述べられている。認知音楽療法のターゲットとしているのは、あくまでも患者さんの脳の認知機能であり、患者さんの脳の神経機能の再建や再組織などの機能回復のメカニズムに注目しているとのことである。著者の勤務先で実施されている「リハビリ」は脳に対する刺激を意識した治療が基本となりこれを「五感刺激療法」と呼び、通常「五感」とは、嗅覚・視覚・聴覚・味覚・触覚(位置覚や振動覚も含む)を指しますが「五感刺激療法」は、この五感を単独刺激するのではなく、複合的に刺激して、最終的には脳の「認知機能」に働きかけることを目的としているとのことである。
認知運動療法が著書の中で、どのように述べられているかというと『従来のリハビリテーションは、脳や認知機能という中枢を意識する視点が乏しく、「身体のためのリハビリ」といえるものでした。従来の運動機能の回復を担う「運動療法」(運動マヒの回復を図る療法)を例にとっても、その理論はマッサージや関節可動域訓練、電気刺激など、再び身体を動かすための「動機づけ理論」がその拠りどころとなっていて、脳から切り離された「身体のみ」に長いあいだ視線が向いていました。ところが、近年になって、運動療法の世界においても「五感刺激療法」的な、脳機能を意識した視点が取り入れられ始めています。
1980年代、カルロ・ペルフェッティによって「運動機能の回復には筋力増強などの身体を対象にした治療ではなく、脳の認知過程への学習による運動の認知制御機構を再組織化する治療が大切である」ことが明らかにされるに至って、今日では運動療法も「認知運動療法」へと進化しています。
※カルロ・ペルフェッティ・・・・イタリアのリハビリテーション医で、近年のリハビリテーションの世界に新しい可能性をもたらす「認知運動療法」の基礎を確立した。』と書かれています。
著者のセンターでは脳科学、脳の可塑性、意識、認知機能の活性化、気づき、情動などに注目し音楽療法を展開されています。確かに私が経験した音楽療法は太鼓をたたいたり、ピアノに合わせて踊ったり、ハンドベルで演奏したりと何が何だが分からず皆と踊ったり演奏したり、とにかく楽しく行えばいいといった感じ(実際指導者も当時言われていた。)であった。音楽療法をきちんと学習したわけでもないのでよくわからないというのが当時の感想であった。
認知音楽療法の有用性については以下のように挙げられている。
1)認知構造を刺激
2)音楽する脳はタフ
3)残存機能を活かす
4)ヘッブの法則
5)記憶・情動に共感
6)快の原則
7)運動機能の随意性
8)気づき
9)認知機能の回復
10)非薬物療法
著者は、セラピストの力量次第で結果が大きく違ってくると述べており、認知音楽療法の施行にあたってセラピストが心得ておくべきいくつかの条件が挙げられている。
1)音楽的刺激に対してクライアントの反応を鋭い観察力と感受性で受け止める。
2)クライアントの微妙な「表情の変化」を正確に読み取る。
3)反応の状況によって刻々と与える刺激を変化させる。
4)クライアントに外界や自己への「気づき」を取り戻すよう促す。
5)理論背景を持つ・・・神経科学、神経病態学などの知見を理解しておく。
6)「回復のメカニズム」を明確にする。
7)「戦略」を持つ
8)「医学用語」で著述が可能な事象を対象とする。
認知音楽療法は治療者と患者さんとの間で「音楽」という太古の昔から人類が関わってきた一つの道具を通じて治療に取り組んでいる。脳科学、認知機能等視点を取り入れており音楽を通じて患者を知ろうとしている。患者さんと音楽療法士の関わり、認知音楽療法の脳科学からの視点など書かれているので興味のある方は一度読んでみると、私たちが日々学習している認知神経リハビリテーションをまた新しい別の視点から考えさせてくれると思う。
2011年8月8日月曜日
ONE PIECE STRONG WORDS(下巻)
荻野 敏(国府病院)
ONE PIECE STRONG WORDS(下巻)
尾田栄一郎 解説/内田樹
集英社新書ヴィジュアル版(2011年4月20日第一刷発行)
ワンピースといえば、日本を代表する傑作漫画。しかもまだ連載中で、その勢いはとどまるところを知りません。『かつて海賊王ゴールド・ロジャーが地の果てに置いてきたという「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」。主人公モンキー・D・ルフィはこの大秘宝を手に入れ、海賊王となるために、幾多の出会いと戦いを繰り返しながら、“偉大なる航路”を行く』。1997年に週刊少年ジャンプで始まったこの漫画は発行部数の記録を塗り替えるほど、多くの人の心をつかんでいますよね。この「ONE PIECE STRONG WORDS」という本は、そのワンピースの中で、登場人物が語る言葉のチカラの厳選集です。となると、その登場人物たちの言葉をここでピックアップして・・・・、という予測が立ちそうですよね。でも今回、紹介したいのはこの本の解説を書いている内田樹さんの解説部分なんです。内田樹(うちだたつる)さんは思想家であり武道家でもある現神戸女学院大学の教授で、専門はフランス現代思想です(ユダヤ人問題にも詳しい)。内田さんは上巻と下巻それぞれに解説を書かれていますが、その下巻の解説が秀逸です。実はこのネタ、今度のベーシックコース(愛知会場)で話そうと思っているネタでもあります。まあでも、受講者の全員がこの愛知県認知運動療法研究会のホームページをチェックしているとは思えないので、ネタバレ覚悟で書いてみようかと(笑)。ベーシックの講義の準備はこれから少しずつやっていくので、これだけ言っておいて実際の講義でこのネタを使わなかったらそれはそれでツッコミを入れてください(笑)。さて、下巻の解説にはどのようなことが書かれているのか。実は、登場人物ロロノア・ゾロの「強さ」、その「強さの限界」について少し書かれています。もしかしたらワンピースを知らない人もいるかもしれませんし、そうすると「ゾロ」って誰?ということになるでしょうが、まあそれは割愛しますね。ゾロは剣豪です。そして常に体を鍛えています。ゾロの修行シーンは繰り返し登場しますが、そのシーンはもっぱら筋骨格系の定量的強化プログラム、つまり筋力強化訓練です。このことについて内田さんはこのように解説しています。
/////////////////////
武道的に言うと、この稽古法では能力開発に限界があります。強弱勝敗にこだわっているうちは、身体能力の強化は線形方程式的にしか進まないからです。筋肉への負担をn倍にすれば、筋肉細胞の断面積がn倍になる・・・・・というような「合理的」な発想でトレーニングしている限り、どこかで限界に突き当たります。
/////////////////////
内田さんはコンピューターに例えて、この方法はハードディスクの容量を増やすことやギガをテラにするといった類であると言っています。武道的な進化とはハードディスクの容量を増やすことではなくOSをヴァージョンアップすることに近いと。しっかり理解できないかもしれないけど、すごく分かる感じがしますよね。筋力をどんだけ上げても、決して使える身体にならないというのは、僕らも臨床上で感じる疑問です。行為は合成特性ではなく、創発特性なのです。「1+1=2」ではなく「1+1=X」になるのです。線形に解釈できない、非線形に変化する、だから難しいし予測できないんですよね。筋力という数字にすることのできるパフォーマンスは、万人にわかりやすい。「これだけ上がりましたよ」「これだけ回復しましたよ」。でも実際の行為は非線形ですから、線形が変化すれば非線形も同様に変化するとはかぎらない。ゾロの修練には限界があるのですね。内田さんは言います。
/////////////////////
今の練習法を量的に強化するだけでは限界を超えることができないと思うアスリートだけが「身体の使い方」を変える。そのときには強い心理的な抵抗が働きます。当然ながら、「身体の使い方」を変えながら試行錯誤している過程では、それまでの「成績」が一時的に下がるからです。手持ちの「ものさし」で計測している限り、「身体の使い方」を変えるとパフォーマンスは必ず下がる。だから怖くてできない。
-中略-
身体の使い方を変えることによってしか、身体能力の限界は超えることができません。でも自分の知らない身体の使い方に習熟するためのプログラムというものは存在しません。「手持ちのものさし」で自分の能力を計測することにこだわる人には、それまでそれを査定する「ものさし」がなかった能力を開発するということができない。
/////////////////////
この解説部分は二つのレベルで重要です。一つは患者の能力の回復をどう捉えるかということ。線形・非線形の考え方ですよね。それともう一つは、我々セラピストの考え方という部分です。一時的にパフォーマンスが下がる、当然、動作訓練をしなければ「本当に大丈夫か」といった患者や家族からの疑問にさらされます。もちろん(認知運動療法を知らない)同僚からも疑問の目で見られるでしょう。そして実際の(パフォーマンスの)パラメーターが低下すると「それみたことか」となってしまいます。なかなか、踏み込めない、進めない、怒られるのが怖い。これが現実でしょうね。でも、身体の使い方を変えなければ、能力も変化してきません。患者は身体が変化しているのです、疾病によって。新たな身体で新たな身体の使い方を習熟する。内田さんの言う「自分の知らない身体の使い方に習熟するためのプログラムというものは存在しない」とは、教師・コーチ・セラピストが示唆を与えて共に成長し変化していかなければ伸びないとも受け取れます。そのために我々セラピストは能力が向上(回復)するための意味と方法を知る必要があります。今のリハビリテーションの世界で、「そこ」に一番近いのはいったいどのような概念なのでしょうか。
ゾロは今までの修行方法では限界を乗り越えることができないでしょう。でも、シャボンディ諸島での一件の後、「麦わらの一味」はバラバラになってしまいましたが、それぞれのチカラを伸ばすための時間と方法と場所を王下七武海のバーソロミュー・クマは与えてくれました。ゾロも世界一の剣豪である王下七武海のジュラキュール・ミホークの下で修業する機会が与えられます。おそらくゾロは「身体の使い方を変えること」によりさらに強くなるでしょう。連載中の漫画にも、まだその成長の核心は描かれていませんが、非線形の強さを見せてくれることを期待しています。
ONE PIECE STRONG WORDS(下巻)
尾田栄一郎 解説/内田樹
集英社新書ヴィジュアル版(2011年4月20日第一刷発行)
ワンピースといえば、日本を代表する傑作漫画。しかもまだ連載中で、その勢いはとどまるところを知りません。『かつて海賊王ゴールド・ロジャーが地の果てに置いてきたという「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」。主人公モンキー・D・ルフィはこの大秘宝を手に入れ、海賊王となるために、幾多の出会いと戦いを繰り返しながら、“偉大なる航路”を行く』。1997年に週刊少年ジャンプで始まったこの漫画は発行部数の記録を塗り替えるほど、多くの人の心をつかんでいますよね。この「ONE PIECE STRONG WORDS」という本は、そのワンピースの中で、登場人物が語る言葉のチカラの厳選集です。となると、その登場人物たちの言葉をここでピックアップして・・・・、という予測が立ちそうですよね。でも今回、紹介したいのはこの本の解説を書いている内田樹さんの解説部分なんです。内田樹(うちだたつる)さんは思想家であり武道家でもある現神戸女学院大学の教授で、専門はフランス現代思想です(ユダヤ人問題にも詳しい)。内田さんは上巻と下巻それぞれに解説を書かれていますが、その下巻の解説が秀逸です。実はこのネタ、今度のベーシックコース(愛知会場)で話そうと思っているネタでもあります。まあでも、受講者の全員がこの愛知県認知運動療法研究会のホームページをチェックしているとは思えないので、ネタバレ覚悟で書いてみようかと(笑)。ベーシックの講義の準備はこれから少しずつやっていくので、これだけ言っておいて実際の講義でこのネタを使わなかったらそれはそれでツッコミを入れてください(笑)。さて、下巻の解説にはどのようなことが書かれているのか。実は、登場人物ロロノア・ゾロの「強さ」、その「強さの限界」について少し書かれています。もしかしたらワンピースを知らない人もいるかもしれませんし、そうすると「ゾロ」って誰?ということになるでしょうが、まあそれは割愛しますね。ゾロは剣豪です。そして常に体を鍛えています。ゾロの修行シーンは繰り返し登場しますが、そのシーンはもっぱら筋骨格系の定量的強化プログラム、つまり筋力強化訓練です。このことについて内田さんはこのように解説しています。
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武道的に言うと、この稽古法では能力開発に限界があります。強弱勝敗にこだわっているうちは、身体能力の強化は線形方程式的にしか進まないからです。筋肉への負担をn倍にすれば、筋肉細胞の断面積がn倍になる・・・・・というような「合理的」な発想でトレーニングしている限り、どこかで限界に突き当たります。
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内田さんはコンピューターに例えて、この方法はハードディスクの容量を増やすことやギガをテラにするといった類であると言っています。武道的な進化とはハードディスクの容量を増やすことではなくOSをヴァージョンアップすることに近いと。しっかり理解できないかもしれないけど、すごく分かる感じがしますよね。筋力をどんだけ上げても、決して使える身体にならないというのは、僕らも臨床上で感じる疑問です。行為は合成特性ではなく、創発特性なのです。「1+1=2」ではなく「1+1=X」になるのです。線形に解釈できない、非線形に変化する、だから難しいし予測できないんですよね。筋力という数字にすることのできるパフォーマンスは、万人にわかりやすい。「これだけ上がりましたよ」「これだけ回復しましたよ」。でも実際の行為は非線形ですから、線形が変化すれば非線形も同様に変化するとはかぎらない。ゾロの修練には限界があるのですね。内田さんは言います。
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今の練習法を量的に強化するだけでは限界を超えることができないと思うアスリートだけが「身体の使い方」を変える。そのときには強い心理的な抵抗が働きます。当然ながら、「身体の使い方」を変えながら試行錯誤している過程では、それまでの「成績」が一時的に下がるからです。手持ちの「ものさし」で計測している限り、「身体の使い方」を変えるとパフォーマンスは必ず下がる。だから怖くてできない。
-中略-
身体の使い方を変えることによってしか、身体能力の限界は超えることができません。でも自分の知らない身体の使い方に習熟するためのプログラムというものは存在しません。「手持ちのものさし」で自分の能力を計測することにこだわる人には、それまでそれを査定する「ものさし」がなかった能力を開発するということができない。
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この解説部分は二つのレベルで重要です。一つは患者の能力の回復をどう捉えるかということ。線形・非線形の考え方ですよね。それともう一つは、我々セラピストの考え方という部分です。一時的にパフォーマンスが下がる、当然、動作訓練をしなければ「本当に大丈夫か」といった患者や家族からの疑問にさらされます。もちろん(認知運動療法を知らない)同僚からも疑問の目で見られるでしょう。そして実際の(パフォーマンスの)パラメーターが低下すると「それみたことか」となってしまいます。なかなか、踏み込めない、進めない、怒られるのが怖い。これが現実でしょうね。でも、身体の使い方を変えなければ、能力も変化してきません。患者は身体が変化しているのです、疾病によって。新たな身体で新たな身体の使い方を習熟する。内田さんの言う「自分の知らない身体の使い方に習熟するためのプログラムというものは存在しない」とは、教師・コーチ・セラピストが示唆を与えて共に成長し変化していかなければ伸びないとも受け取れます。そのために我々セラピストは能力が向上(回復)するための意味と方法を知る必要があります。今のリハビリテーションの世界で、「そこ」に一番近いのはいったいどのような概念なのでしょうか。
ゾロは今までの修行方法では限界を乗り越えることができないでしょう。でも、シャボンディ諸島での一件の後、「麦わらの一味」はバラバラになってしまいましたが、それぞれのチカラを伸ばすための時間と方法と場所を王下七武海のバーソロミュー・クマは与えてくれました。ゾロも世界一の剣豪である王下七武海のジュラキュール・ミホークの下で修業する機会が与えられます。おそらくゾロは「身体の使い方を変えること」によりさらに強くなるでしょう。連載中の漫画にも、まだその成長の核心は描かれていませんが、非線形の強さを見せてくれることを期待しています。
2011年8月4日木曜日
せいりけんニュース
井内 勲(岡崎共立病院)
せいりけんニュースとは、愛知県岡崎市にある 大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所(せいりけん)が広く一般の人、科学に興味にあるの大人から、子ども達に向けて、さまざまな研究によって生み出される成果や、せいりけんの活動報告を紹介している年間6回(1,3,5,7,9,11月)発行される情報誌(パンフレット?)です。同市内の小・中学校、高校、病院などには無償配布されており、いつも色々な発見や情報収集ができるので、楽しみにしています。
2008年の1月から発刊され、現在はVol.22まで発行されています。
先月号の中の「プレスリリース」のコーナーで伊佐正教授らの研究グループによって明らかにされた内容を簡潔に紹介した、『見ていると意識できなくても“覚えている”脳-視覚野障害でも無意識に脳の別の部位(中脳・上丘)が記憶の機能を代償-』の記事にはとても興味深く、以前読んだ『赤を見る:著 ニコラス・ハンフリー』の中で出てきた盲視の内容の研究でもあったので、さらに深く知りたい内容でした。そんな時も、その研究報告の掲載元(多くは英語文献ですが…)が紹介されていますのでさらに深める事も可能です。(僕的にはかなりの労力と時間を要しますが…)
その他にもVol.5で同じく伊佐教授の霊長類の皮質脊髄路からの運動ニューロンへの間接経路の紹介が『脳科学の未来Ⅱ-リハビリテーションと脳-』というタイトルで掲載され、この記事はScienceで発表されてから10ヶ月程で掲載されていました。またVol.19では柿木隆介教授らの生後5~8ヶ月の乳児の顔認知の機能についての紹介なども興味深かった内容でした。
せいりけんニュースは大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所のホームページから定期購読やバックナンバーも取れますので一度チェックしてみて下さい。
せいりけんニュースとは、愛知県岡崎市にある 大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所(せいりけん)が広く一般の人、科学に興味にあるの大人から、子ども達に向けて、さまざまな研究によって生み出される成果や、せいりけんの活動報告を紹介している年間6回(1,3,5,7,9,11月)発行される情報誌(パンフレット?)です。同市内の小・中学校、高校、病院などには無償配布されており、いつも色々な発見や情報収集ができるので、楽しみにしています。
2008年の1月から発刊され、現在はVol.22まで発行されています。
先月号の中の「プレスリリース」のコーナーで伊佐正教授らの研究グループによって明らかにされた内容を簡潔に紹介した、『見ていると意識できなくても“覚えている”脳-視覚野障害でも無意識に脳の別の部位(中脳・上丘)が記憶の機能を代償-』の記事にはとても興味深く、以前読んだ『赤を見る:著 ニコラス・ハンフリー』の中で出てきた盲視の内容の研究でもあったので、さらに深く知りたい内容でした。そんな時も、その研究報告の掲載元(多くは英語文献ですが…)が紹介されていますのでさらに深める事も可能です。(僕的にはかなりの労力と時間を要しますが…)
その他にもVol.5で同じく伊佐教授の霊長類の皮質脊髄路からの運動ニューロンへの間接経路の紹介が『脳科学の未来Ⅱ-リハビリテーションと脳-』というタイトルで掲載され、この記事はScienceで発表されてから10ヶ月程で掲載されていました。またVol.19では柿木隆介教授らの生後5~8ヶ月の乳児の顔認知の機能についての紹介なども興味深かった内容でした。
せいりけんニュースは大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所のホームページから定期購読やバックナンバーも取れますので一度チェックしてみて下さい。
2011年7月16日土曜日
対談 脳科学に学ぶ
間島 大心(岡崎共立病院)
社団法人 日本作業療法士協会 広報誌
Opera(オペラ)15 2011年3月号
対談 脳科学に学ぶ
脳がない動物はたくさんいるが、身体のない脳はない
池谷裕二(東京大学大学院薬学系研究科准教授)
中村春基(日本作業療法士協会会長)
以前、愛知県認知運動療法研究会のホームページに「運営委員の雑感」と言うコーナーがあった。そのコーナーでOTの東海北陸学会で聴講した池谷准教授の講演内容について自分の考えを交え紹介した。今回、その池谷准教授と日本作業療法協会会長との対談がOT協会の広報誌に掲載されていたので、自分の解釈を交え紹介する。
以前の「運営委員の雑感」の時も記載したが、池谷先生は脳の基本的な役割を「身体感覚を身体運動に変換するコンバーター」としている。更にその変換する作業が反射であると説明しており、脳の能力を上げるにはその反射力を鍛える以外に無いと説明している。対象との相互作用の結果得られた身体感覚からの情報を中枢神経系(=脳)を介して身体運動(=筋出力)が出力されるといった機能環と似た捉え方をされていると感じる。ただ、「反射を鍛える」と言われてしまうと多少勘違いされてしまうところがあるように思う。実際に神経の働きは反射であると言うのはそうだと思うが、それらが複雑に繋がり合ってネットワークを形成すると、そこから出力されるものの総体が身体運動であると言う解釈を入れたい。そして我々セラピストはその神経のネットワークのどこに破綻があって、身体を介してそれをどのように再形成していくのかを考えていくのだと思う。それにあたり我々セラピストが破綻した脳の神経ネットワークに対峙していくに際、破綻した神経ネットワークがどこであるかを知る(=評価)為に又はその神経ネットワークの再形成を促すためには必ず身体を介さなければならない事を忘れてはならないと考える。池谷先生も「身体を省略した脳を考えるのは、誤った傾向」だとか、実験で口に棒を加えることで笑顔と同じ顔の状態を作ることで実際に楽しい嬉しい気分になってくるとの現象を挙げ、脳内に起こる現象においても身体が深く関わっている事を「やる気や感情や心は身体に散在している」と表現している。
またこの対談の中で「パッシブ・ラーニングよりもアクティブ・ラーニングの方が定着率は良い」事や「脳の記憶力は出力に依存している」、「記憶の一番大きい意味は予測」といったことなどがあげられている。我々の臨床の中で特に認知機能の低下をきたしている患者において危険認知機能の問題に対することが多いと感じる。なかなかセラピスト側から「今のは危なかった」、「次は気をつけよう」などと声をかけてもなかなか動作、行為の改善に至らない場合が多い。半ば患者のやる気次第と諦めていた部分も私の中には芽生え始めていた。その結果が「改善に至らない」といった状況を招いてしまったことを反省する。私は危険認知機能をただただ危険認知としてしか捉えておらず、今回の対談を読み、私の止まっていた脳を動かしてもらえたように感じる。まだ私の中にはアクティブ・ラーニングを患者に提供できるような具体的な方法を持ち合わせていないので、臨床と図書室との往復を継続していきたい。
社団法人 日本作業療法士協会 広報誌
Opera(オペラ)15 2011年3月号
対談 脳科学に学ぶ
脳がない動物はたくさんいるが、身体のない脳はない
池谷裕二(東京大学大学院薬学系研究科准教授)
中村春基(日本作業療法士協会会長)
以前、愛知県認知運動療法研究会のホームページに「運営委員の雑感」と言うコーナーがあった。そのコーナーでOTの東海北陸学会で聴講した池谷准教授の講演内容について自分の考えを交え紹介した。今回、その池谷准教授と日本作業療法協会会長との対談がOT協会の広報誌に掲載されていたので、自分の解釈を交え紹介する。
以前の「運営委員の雑感」の時も記載したが、池谷先生は脳の基本的な役割を「身体感覚を身体運動に変換するコンバーター」としている。更にその変換する作業が反射であると説明しており、脳の能力を上げるにはその反射力を鍛える以外に無いと説明している。対象との相互作用の結果得られた身体感覚からの情報を中枢神経系(=脳)を介して身体運動(=筋出力)が出力されるといった機能環と似た捉え方をされていると感じる。ただ、「反射を鍛える」と言われてしまうと多少勘違いされてしまうところがあるように思う。実際に神経の働きは反射であると言うのはそうだと思うが、それらが複雑に繋がり合ってネットワークを形成すると、そこから出力されるものの総体が身体運動であると言う解釈を入れたい。そして我々セラピストはその神経のネットワークのどこに破綻があって、身体を介してそれをどのように再形成していくのかを考えていくのだと思う。それにあたり我々セラピストが破綻した脳の神経ネットワークに対峙していくに際、破綻した神経ネットワークがどこであるかを知る(=評価)為に又はその神経ネットワークの再形成を促すためには必ず身体を介さなければならない事を忘れてはならないと考える。池谷先生も「身体を省略した脳を考えるのは、誤った傾向」だとか、実験で口に棒を加えることで笑顔と同じ顔の状態を作ることで実際に楽しい嬉しい気分になってくるとの現象を挙げ、脳内に起こる現象においても身体が深く関わっている事を「やる気や感情や心は身体に散在している」と表現している。
またこの対談の中で「パッシブ・ラーニングよりもアクティブ・ラーニングの方が定着率は良い」事や「脳の記憶力は出力に依存している」、「記憶の一番大きい意味は予測」といったことなどがあげられている。我々の臨床の中で特に認知機能の低下をきたしている患者において危険認知機能の問題に対することが多いと感じる。なかなかセラピスト側から「今のは危なかった」、「次は気をつけよう」などと声をかけてもなかなか動作、行為の改善に至らない場合が多い。半ば患者のやる気次第と諦めていた部分も私の中には芽生え始めていた。その結果が「改善に至らない」といった状況を招いてしまったことを反省する。私は危険認知機能をただただ危険認知としてしか捉えておらず、今回の対談を読み、私の止まっていた脳を動かしてもらえたように感じる。まだ私の中にはアクティブ・ラーニングを患者に提供できるような具体的な方法を持ち合わせていないので、臨床と図書室との往復を継続していきたい。
2011年6月18日土曜日
運動の学習における「わかる」と表象
林 節也(岡崎共立病院)
題名:「運動の学習における「わかる」と表象」
文献名:「運動の学習における「わかる」と表象」
筆者:田中雅人
機関名:愛媛大学教育学部保健体育紀要vol.2 1998
臨床場面の患者さんからの一言。「ここに力を入れなければいけないことはわかるけど動かない。どうしたらいいかわからない。」このように「わかる」けど「できない」ことに遭遇することがある。また、身体のどこに、どれだけの力を入れればいいかがわからず、力いっぱい筋出力してしまい、代償動作が生じてしまうケースも少なくないように思える。
この文献には「わかる」とは何か。「できる」とは何か。運動表象が「わかる」ことにどのように関連しているのか。と言うことが詳しく記載されてる。
学習者が「わかる」ためには、運動開始前に提示される情報など言語による教示や示範。運動中に得られる感触や運動感覚。運動終了後に得られる運動記憶の想起。これらが関与し、身体外部からの情報と身体内部からの情報を基に「わかる」ための方略が生まれてくると記載されている。
さらに、学習者が運動を「わかる」ために求められる能力のひとつに運動観察能力がある。運動観察は、運動中に自己の運動を運動覚と言語によって把握し、運動経過のどこが良くてどこが悪かったのかを思考し、分析する自己観察と他人の運動を見たり、運動後に自分の運動をビデオなどで観察する他者観察とがあり、目標とする運動の表象を示範やビデオを他者観察することによって明確にとらえ、さらに自分の行った運動の経過を自己観察し、両者の違いを比較することによってそのギャップを埋めていくことが運動の学習であると筆者は述べている。
運動学習を様々な理論で説明している文献は多々ある。この文献は運動学習を促すための方略が記載してあるため、是非一読していただきたい文献です。
題名:「運動の学習における「わかる」と表象」
文献名:「運動の学習における「わかる」と表象」
筆者:田中雅人
機関名:愛媛大学教育学部保健体育紀要vol.2 1998
臨床場面の患者さんからの一言。「ここに力を入れなければいけないことはわかるけど動かない。どうしたらいいかわからない。」このように「わかる」けど「できない」ことに遭遇することがある。また、身体のどこに、どれだけの力を入れればいいかがわからず、力いっぱい筋出力してしまい、代償動作が生じてしまうケースも少なくないように思える。
この文献には「わかる」とは何か。「できる」とは何か。運動表象が「わかる」ことにどのように関連しているのか。と言うことが詳しく記載されてる。
学習者が「わかる」ためには、運動開始前に提示される情報など言語による教示や示範。運動中に得られる感触や運動感覚。運動終了後に得られる運動記憶の想起。これらが関与し、身体外部からの情報と身体内部からの情報を基に「わかる」ための方略が生まれてくると記載されている。
さらに、学習者が運動を「わかる」ために求められる能力のひとつに運動観察能力がある。運動観察は、運動中に自己の運動を運動覚と言語によって把握し、運動経過のどこが良くてどこが悪かったのかを思考し、分析する自己観察と他人の運動を見たり、運動後に自分の運動をビデオなどで観察する他者観察とがあり、目標とする運動の表象を示範やビデオを他者観察することによって明確にとらえ、さらに自分の行った運動の経過を自己観察し、両者の違いを比較することによってそのギャップを埋めていくことが運動の学習であると筆者は述べている。
運動学習を様々な理論で説明している文献は多々ある。この文献は運動学習を促すための方略が記載してあるため、是非一読していただきたい文献です。
2011年6月2日木曜日
スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則
首藤 康聡(岡崎南病院)
『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則 』
カーマイン・ガロ (著), 外村仁 解説 (その他), 井口耕二 (翻訳)
みんなスティーブ・ジョブズの名前は知ってる?きっと一度は耳にした事があると思うんだけど、知らないっていう人は、iPhoneやiPadならどう?これなら聞いたことあるでしょ!彼はこれを開発したAplle社のCEOなんだ。彼のプレゼンテーションは世界一とも言われてるんだけど、なぜ魅力的で人々を惹きつけるプレゼンができるのかを解説したのがこの本。中にはプレゼンに大切な18の法則が書かれてあるんだ。
これを参考にして愛知県の勉強会で講義をしたんだけど、参加した先生たちはどうだったかな?また、コメントをしてくれれば嬉しいんだけど、かなり今回は自分のプレゼンを意識してみたんだ。立ち位置や、視線、問いかけの仕方などなど・・・すごく疲れたんだけどね。でも、僕なりの手ごたえはあったと思ってる。それはあの午後の眠い時間帯に誰一人として眠らなかったから!!!緊張感を持ちつつ、みんなとの距離も離れすぎず、飽きない空間を作れたかなって思ってるんだけど、自己満足かな?でも、これが出来たのもこの本のおかげなんだ。すごく、インタラクティブな関係も作れたしね(ただこれは他の本も参考にしたんだけどね)。
そもそもなんで僕がプレゼンの本を読んだのか?講義をするって決まってから読んだわけじゃないんだ。講義が決まる前にはもう何冊かプレゼンの本は読んでたんだけど、プレゼンって相手がいる事が絶対条件だよね。プレゼンの方法で観客が受ける商品の印象はだいぶ違うし、そのあとの売上なんかにもかなり影響してくるらしいんだ。つまり、説明次第で相手の印象がかなり違ってくるってこと。結局、聴衆はプレゼンターに影響されるってことなんだ。
じゃあ、これを臨床に置き換えてみてね。プレゼンターと観客の関係は、セラピストと患者の関係に似てるよ。患者さんにとってセラピストは外部環境だよね。外部環境との相互作用で運動が決定されていくのであれば、セラピストの振る舞い方は患者さんにかなり影響を与えてくる事になる。じゃあみんなは自分の振る舞い方って気にしてる?そもそもどんなところを気にすればいいんだろうね。わかんないやって人、今のままじゃいけないかもって感じたらこの本を読んでみて。きっと自分の臨床を助けてくれるから。
『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則 』
カーマイン・ガロ (著), 外村仁 解説 (その他), 井口耕二 (翻訳)
みんなスティーブ・ジョブズの名前は知ってる?きっと一度は耳にした事があると思うんだけど、知らないっていう人は、iPhoneやiPadならどう?これなら聞いたことあるでしょ!彼はこれを開発したAplle社のCEOなんだ。彼のプレゼンテーションは世界一とも言われてるんだけど、なぜ魅力的で人々を惹きつけるプレゼンができるのかを解説したのがこの本。中にはプレゼンに大切な18の法則が書かれてあるんだ。
これを参考にして愛知県の勉強会で講義をしたんだけど、参加した先生たちはどうだったかな?また、コメントをしてくれれば嬉しいんだけど、かなり今回は自分のプレゼンを意識してみたんだ。立ち位置や、視線、問いかけの仕方などなど・・・すごく疲れたんだけどね。でも、僕なりの手ごたえはあったと思ってる。それはあの午後の眠い時間帯に誰一人として眠らなかったから!!!緊張感を持ちつつ、みんなとの距離も離れすぎず、飽きない空間を作れたかなって思ってるんだけど、自己満足かな?でも、これが出来たのもこの本のおかげなんだ。すごく、インタラクティブな関係も作れたしね(ただこれは他の本も参考にしたんだけどね)。
そもそもなんで僕がプレゼンの本を読んだのか?講義をするって決まってから読んだわけじゃないんだ。講義が決まる前にはもう何冊かプレゼンの本は読んでたんだけど、プレゼンって相手がいる事が絶対条件だよね。プレゼンの方法で観客が受ける商品の印象はだいぶ違うし、そのあとの売上なんかにもかなり影響してくるらしいんだ。つまり、説明次第で相手の印象がかなり違ってくるってこと。結局、聴衆はプレゼンターに影響されるってことなんだ。
じゃあ、これを臨床に置き換えてみてね。プレゼンターと観客の関係は、セラピストと患者の関係に似てるよ。患者さんにとってセラピストは外部環境だよね。外部環境との相互作用で運動が決定されていくのであれば、セラピストの振る舞い方は患者さんにかなり影響を与えてくる事になる。じゃあみんなは自分の振る舞い方って気にしてる?そもそもどんなところを気にすればいいんだろうね。わかんないやって人、今のままじゃいけないかもって感じたらこの本を読んでみて。きっと自分の臨床を助けてくれるから。
