進藤 隆治(岡崎共立病院)
6月から訪問リハへ関わるようになりました。訪問では呼吸器疾患や小児も関わり、自分としてはかなり刺激的な(あたふたしている)日々を送っています。病院でのリハと違い、訪問では在宅での生活場面で、利用者さんが問題と捉えていることが浮き彫りになるので、より生活へのアプローチとなりやすいです。しかしながら、ある程度、家での生活が継続できてくると、「もう少し、手が動けるようになれば・・・」「足が上に向くといいな」「腰の痛みをなんとかしたい」といったような、身体機能面の悩みも聞かれるようになります。つまり、在宅では生活していく為に、①環境要因(福祉用具やサービス)にて早急に解決しなくてはならない問題と、②疾患からくる根本的な身体についての問題に直面するということでした。
病院リハでも同じような問題はあるじゃないかと思われるかもしれませんが、在宅とはニュアンスが違うと自分は訪問をやりはじめて考えています。身体機能の回復+環境要因=自宅での生活動作の獲得ではなく、なんとか生活はできていても、環境的要因で身体機能の不足分はカバーできていたとしても、根本的な身体機能の問題は常に残ります。自分はそのへんに、在宅でも認知神経リハを導入していく価値があるのではないかと考えました。現在の導入の仕方は、40~50分の1回の介入において、1パフォーマンスについて課題を1つ2つ設定し、確認としてそのパフォーマンスの動作を行い確認していくといった方法を行っています(これは、病院での導入とそんなに変わりないです)。
リハビリは学習だと捉え在宅で長く生活していくことを考えると、週の介入は少ないが、期間は長く関わっていけることからも、「現在の身体機能で何を学習することで、生活しやすくなるのか」を考慮していくことも必要だと思いました。もちろん社会資源や介護サービスについての検討も大切ですが、自分が利用者と関わる40~50分の限りない時間に何が私にできるのか?にこだわっていきたいし、悩んでいくところだと思います。
皆さんは、自分の領域でどのように認知神経リハを取り入れていますか?
また、取り入れたいけど、どうすればよいかわからない先生もいると思います。一緒に話し合いながら上手く自分の臨床に認知神経リハを導入出来たらと思います。
また訪問リハでやっている先生にも色々とお話しが聞けたらと思います。
今回はヒントを頂きたい的な文面になってしまい申し訳ないです。よろしくお願い致します。
2015年7月15日水曜日
2015年6月15日月曜日
失敗学のすすめ
佐藤 郁江(岡崎南病院)
『失敗学のすすめ』
畑村 洋太郎著 株式会社 講談社
失敗学は、失敗を否定的にとらえるのではなくプラス面に着目してこれを有効利用しようという点により生まれてきたとされています。つまり不必要な失敗を繰り返さないとともに、失敗からその人を成長させる新たな知識を学ぼうというのが『失敗学』の趣旨なのです。
これは、現在医療現場にいる私たちの中ではヒヤリハットなどといわれる、インシデントの分析をし、次のインシデント・アクシデントを起こさないようにするといったところからも経験していることであると思われます。
では、患者さんにとっての失敗とは何なのかと考えてみましょう。そうすると、「思ったようにできなかった」といったようなことが出てくると思われます。その思ったようにできなかったといったことが出てくるのであれば、目標としていることが患者さんの中にあり目標との対比ができている可能性が高くなってくると思われます。それを、患者さんの中での必要を考えていくことができるようになってくると考えることができます。
この本の中では、失敗はさらに未知との失敗と発展していくためのものになっています。しかしその前に、『本の中で知識の必要性を体感・実感しながら学んでいる学生ほど、どんな場面にでも応用して使える真の知識が身につくことを知りました』とあり、患者さんにとって必要な知識を自分で選択できるようにしていけることで、生活の中での改善にもつながっていけるのではと、考えています。
『失敗学のすすめ』
畑村 洋太郎著 株式会社 講談社
失敗学は、失敗を否定的にとらえるのではなくプラス面に着目してこれを有効利用しようという点により生まれてきたとされています。つまり不必要な失敗を繰り返さないとともに、失敗からその人を成長させる新たな知識を学ぼうというのが『失敗学』の趣旨なのです。
これは、現在医療現場にいる私たちの中ではヒヤリハットなどといわれる、インシデントの分析をし、次のインシデント・アクシデントを起こさないようにするといったところからも経験していることであると思われます。
では、患者さんにとっての失敗とは何なのかと考えてみましょう。そうすると、「思ったようにできなかった」といったようなことが出てくると思われます。その思ったようにできなかったといったことが出てくるのであれば、目標としていることが患者さんの中にあり目標との対比ができている可能性が高くなってくると思われます。それを、患者さんの中での必要を考えていくことができるようになってくると考えることができます。
この本の中では、失敗はさらに未知との失敗と発展していくためのものになっています。しかしその前に、『本の中で知識の必要性を体感・実感しながら学んでいる学生ほど、どんな場面にでも応用して使える真の知識が身につくことを知りました』とあり、患者さんにとって必要な知識を自分で選択できるようにしていけることで、生活の中での改善にもつながっていけるのではと、考えています。
2015年6月3日水曜日
ミラーニューロンシステムと記憶と世界剣道選手権大会
尾﨑 正典(尾張温泉かにえ病院)
2015年5月30日(土)に日本武道館で行われた第16回世界剣道選手権大会に子供達をつれて日本代表を応援に行ってきました。剣道には稽古の一つの方法に「見取り稽古」というものがあります。実際に相手と行う稽古ではなく、先生方や先輩方がされている稽古を見て学ぶ稽古の事を言います。初めてミラーニューロンシステムを学習し、その意味を知った時「見取り稽古」の重要性を理解出来た時のことは、今でも思い出すことが出来ます。世界一を決定する舞台である世界選手権は見取り稽古の絶好の機会でした。世界56カ国の地域から厳しい国内予選を勝ち抜いてきた選手たちの立ち姿は美しく、強い剣士たちです。子供たちの脳も私の脳も、とてつもなく働いていたことでしょう。伝統文化の中で先任たちの遺していかれたことの中に、現在の科学で実証されるもの、まだ実証されていないもの、私の気がつかないところで多々残っていることだと思います。
この日の帰り路に関東地方に地震があり、丁度、九段下の地下鉄のホームにいました。当然列車は止まり、自宅に帰宅したのは深夜0時をまわっていました。この出来事はエピソード記憶として子供たちの脳に記憶され、何十年たっても「世界選手権を観戦した帰りに、地震があり、列車が遅れて、深夜に帰宅した」ということを忘れないでしょう。子供たちばかりでなく、私もですが。
私の知らない、気づいていない伝統の中に、まだまだ「見取り稽古」のようなことが存在しているのであろうと思う、今日この頃です。
2015年5月30日(土)に日本武道館で行われた第16回世界剣道選手権大会に子供達をつれて日本代表を応援に行ってきました。剣道には稽古の一つの方法に「見取り稽古」というものがあります。実際に相手と行う稽古ではなく、先生方や先輩方がされている稽古を見て学ぶ稽古の事を言います。初めてミラーニューロンシステムを学習し、その意味を知った時「見取り稽古」の重要性を理解出来た時のことは、今でも思い出すことが出来ます。世界一を決定する舞台である世界選手権は見取り稽古の絶好の機会でした。世界56カ国の地域から厳しい国内予選を勝ち抜いてきた選手たちの立ち姿は美しく、強い剣士たちです。子供たちの脳も私の脳も、とてつもなく働いていたことでしょう。伝統文化の中で先任たちの遺していかれたことの中に、現在の科学で実証されるもの、まだ実証されていないもの、私の気がつかないところで多々残っていることだと思います。
この日の帰り路に関東地方に地震があり、丁度、九段下の地下鉄のホームにいました。当然列車は止まり、自宅に帰宅したのは深夜0時をまわっていました。この出来事はエピソード記憶として子供たちの脳に記憶され、何十年たっても「世界選手権を観戦した帰りに、地震があり、列車が遅れて、深夜に帰宅した」ということを忘れないでしょう。子供たちばかりでなく、私もですが。
私の知らない、気づいていない伝統の中に、まだまだ「見取り稽古」のようなことが存在しているのであろうと思う、今日この頃です。
2015年5月17日日曜日
考えるカラス
荻野 敏(国府病院)
NHK 考えるカラス (NHK出版,2014)
NHK Eテレにて火曜日午前10時と木曜日午後11時45分から放送されている番組。軽快な音楽とともにカラスが不思議な行動をとっています。長ぼそいガラス管の中に水が入っていてその上に餌らしきものが浮いています。そのままでは嘴が餌に届きません。カラスは考えます。すると、なんと横にあった小石をガラス管の中に入れて水かさを増しはじめました。そしてついに餌をゲット!!
「もしかして?」からはじまる楽しい科学の考え方がコンセプトのこの番組は、大人が見ても十分楽しめることができます。ナレーションで何度も出てくるこのフレーズが印象的。
観察(かんさつ)し、仮説(かせつ)を立て、実験(じっけん)をし、考察(こうさつ)する。科学の考え方を学べ。『考えるカラス』。
書籍ももちろん出ています。そのあとがきにはこんなことが書かれています。
//////////
学校教育では、唯一の正解が用意できる問いが出されます。とくに入試問題では、誤解なく絶対的で唯一の正解が得られる問題が作られます。このため、生徒は、出題者が期待する正解を探す習性を身に付けてしまいます。-中略-。しかし、実際の物理現象(現実の社会生活でも)に対する理解は、ある範囲内に収まる条件下での解釈をとりあえずしているに過ぎないのです。
考えるカラスが求めているのは、「権威者があらかじめ用意した正解」を当てることではありません。あなた自身が正解に違いないと思えることです。そのためにはどうしたらよいのでしょうか。それには、与えられた条件を自ら認識し、必要な情報を集め(ここが勉強といわれる部分かもしれない)、そこから論理を構築して結果を推定し、人に説明してください。そのうえで、その条件と論理が正しいかどうかをどうやったら検証できるかを設定し、これを実践して検証します。そうすれば、その論理が正しかったかどうかの判断は、自然界が答えてくれます。
/////////
これって僕らの臨床場面を端的に映し出していませんか? 患者を外部と内部から観察して、病態仮説を立てて、どうやったら回復・学習させることができるかという治療仮説を導き出し、訓練(検証)を行う。そしてその論理が正しいかどうかは訓練の結果でみることができる。科学的なアプローチは「権威者」が本にあらかじめ記載した治療を実践することではなく、観察から始まらなければいけない。認知神経リハビリテーションの訓練にマニュアルはないし、訓練は無限に存在します。患者が代われば訓練が変わることはもちろん、同じ患者でもセラピストが代われば訓練が変わります。だからシステムなんですよね。認知神経リハビリテーションには基本的なルールと原則がありますが、決してこれをやればいいっていうようなマニュアルはない。
だから僕らは、「考えるカラス」のように目の前の患者さんを観察して、仮説を立てて、検証して、考察しなきゃいけないんです。
あとがきには朝永振一郎博士の言葉が紹介されています。
ふしぎだと思うこと
これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
そして考えること
これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
これが科学の花です
臨床という現場で、患者の治療に相対し、そして花を咲かせる。そんなセラピストになりたい。
NHK 考えるカラス (NHK出版,2014)
NHK Eテレにて火曜日午前10時と木曜日午後11時45分から放送されている番組。軽快な音楽とともにカラスが不思議な行動をとっています。長ぼそいガラス管の中に水が入っていてその上に餌らしきものが浮いています。そのままでは嘴が餌に届きません。カラスは考えます。すると、なんと横にあった小石をガラス管の中に入れて水かさを増しはじめました。そしてついに餌をゲット!!
「もしかして?」からはじまる楽しい科学の考え方がコンセプトのこの番組は、大人が見ても十分楽しめることができます。ナレーションで何度も出てくるこのフレーズが印象的。
観察(かんさつ)し、仮説(かせつ)を立て、実験(じっけん)をし、考察(こうさつ)する。科学の考え方を学べ。『考えるカラス』。
書籍ももちろん出ています。そのあとがきにはこんなことが書かれています。
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学校教育では、唯一の正解が用意できる問いが出されます。とくに入試問題では、誤解なく絶対的で唯一の正解が得られる問題が作られます。このため、生徒は、出題者が期待する正解を探す習性を身に付けてしまいます。-中略-。しかし、実際の物理現象(現実の社会生活でも)に対する理解は、ある範囲内に収まる条件下での解釈をとりあえずしているに過ぎないのです。
考えるカラスが求めているのは、「権威者があらかじめ用意した正解」を当てることではありません。あなた自身が正解に違いないと思えることです。そのためにはどうしたらよいのでしょうか。それには、与えられた条件を自ら認識し、必要な情報を集め(ここが勉強といわれる部分かもしれない)、そこから論理を構築して結果を推定し、人に説明してください。そのうえで、その条件と論理が正しいかどうかをどうやったら検証できるかを設定し、これを実践して検証します。そうすれば、その論理が正しかったかどうかの判断は、自然界が答えてくれます。
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これって僕らの臨床場面を端的に映し出していませんか? 患者を外部と内部から観察して、病態仮説を立てて、どうやったら回復・学習させることができるかという治療仮説を導き出し、訓練(検証)を行う。そしてその論理が正しいかどうかは訓練の結果でみることができる。科学的なアプローチは「権威者」が本にあらかじめ記載した治療を実践することではなく、観察から始まらなければいけない。認知神経リハビリテーションの訓練にマニュアルはないし、訓練は無限に存在します。患者が代われば訓練が変わることはもちろん、同じ患者でもセラピストが代われば訓練が変わります。だからシステムなんですよね。認知神経リハビリテーションには基本的なルールと原則がありますが、決してこれをやればいいっていうようなマニュアルはない。
だから僕らは、「考えるカラス」のように目の前の患者さんを観察して、仮説を立てて、検証して、考察しなきゃいけないんです。
あとがきには朝永振一郎博士の言葉が紹介されています。
ふしぎだと思うこと
これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
そして考えること
これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
これが科学の花です
臨床という現場で、患者の治療に相対し、そして花を咲かせる。そんなセラピストになりたい。
2015年5月1日金曜日
「すべては光る」から
井内 勲(岡崎共立病院)
すべては光る 光る 光る すべては 光る
光らないものは ひとつとしてない
みずから 光らないものは
他から 光を受けて 光る
これは、子供が通う小学校の石碑に刻まれている銘文である。
坂村真民という詩人の作品で、数多くの癒しの名言を残し多くの人に慕われた方らしい。
恥ずかしながら、自分は不勉強で存じ上げなかった。
名歌は色々な形で読んだ人の心に浸透していくと思う、その時々の立場や環境、心理状態などによって様々な捉え方が各々にあるのではないか。そして、それはまた一度立ち上がったら永続するわけでもなく、時間が経過すると、自らの経験を背景にまた違った形で内省される事も多い。
今の自分は、「みずから 光らないものは 他から 光を受けて光る」の部分がとても印象的であり、色々なことをここから感じ取れる。
皆さんはいかがでしょう。
すべては光る 光る 光る すべては 光る
光らないものは ひとつとしてない
みずから 光らないものは
他から 光を受けて 光る
これは、子供が通う小学校の石碑に刻まれている銘文である。
坂村真民という詩人の作品で、数多くの癒しの名言を残し多くの人に慕われた方らしい。
恥ずかしながら、自分は不勉強で存じ上げなかった。
名歌は色々な形で読んだ人の心に浸透していくと思う、その時々の立場や環境、心理状態などによって様々な捉え方が各々にあるのではないか。そして、それはまた一度立ち上がったら永続するわけでもなく、時間が経過すると、自らの経験を背景にまた違った形で内省される事も多い。
今の自分は、「みずから 光らないものは 他から 光を受けて光る」の部分がとても印象的であり、色々なことをここから感じ取れる。
皆さんはいかがでしょう。
2015年4月16日木曜日
仮説の立てるための知識について(2)
若月 勇輝(西尾病院)
前回の私の臨床のヒントの続きを述べたいと思う。前回の内容は仮説を立てるための知識の重要性とその知識収集方法について記載した。
その収集方法は、
・ある分野の権威の論文を読む
・権威が使用している参考文献を読む
・頻繁に用いられる論文を読む
・レベルの高いであろう学会誌の論文を読む
・レベルの高いであろう学会誌の査読者の論文を読む
である。この方法には問題点がある。それは、論文の執筆者、学会誌に依存した方法であるということである。つまり上記以外の方法で収集した情報は知識とならないことを意味している。
しかしながら、知識の収集方法は上記の他にも存在する。それを下記に示す。
・権威以外が書いた論文
・自分がレベルの高いと思う以外の学会誌
・書籍(教科書や文庫など)
・臨床家自身の経験やアイデア
・他のセラピストとのディスカッションから得た知識
である。これらから知識を収集する際には注意しなければならない点がいくつかと思われる。その知識が確からしいかどうか判断する必要があるからである。
論文を読む際には、実験方法が適切かどうか、分析(統計的な分析も含める)が適切かどうか、結果から適切に自分が解釈できるかが重要となる。
教科書や文庫では、どのような経歴の人の意見か、著者はどのような研究をしているのか、現在どのような活動をしているのか(学会の所属や勤務先)、引用している論文が適切かどうか、著者の意見が飛躍しすぎていないか。
臨床家自身のアイデアと他のセラピストとのディスカッションから得た知識は、臨床で適切な方法で適切な分析から検証したのかを判断する能力が必要となる。
結果として、これらの方法に共通する点は、知識を得る者が、適切な方法で適切な分析から検証できる能力が必要になるということである。
この能力を定着させていくためには、自分で研究的な営みをすることが重要と考える。よって、学会への投稿や論文を書くことによって、査読者による批判を受ける必要があると思われる。
私はまだまだ学会レベルであり、論文を書いたこともない。自分の仮説を立てるための知識の収集方法を磨く必要性があり、今後も研究活動を継続していきたいと思っている。それによって、レベルの高い知識を得ることになり、より洗練された仮説を生み出せるようになるのではないかと考えている。
前回の私の臨床のヒントの続きを述べたいと思う。前回の内容は仮説を立てるための知識の重要性とその知識収集方法について記載した。
その収集方法は、
・ある分野の権威の論文を読む
・権威が使用している参考文献を読む
・頻繁に用いられる論文を読む
・レベルの高いであろう学会誌の論文を読む
・レベルの高いであろう学会誌の査読者の論文を読む
である。この方法には問題点がある。それは、論文の執筆者、学会誌に依存した方法であるということである。つまり上記以外の方法で収集した情報は知識とならないことを意味している。
しかしながら、知識の収集方法は上記の他にも存在する。それを下記に示す。
・権威以外が書いた論文
・自分がレベルの高いと思う以外の学会誌
・書籍(教科書や文庫など)
・臨床家自身の経験やアイデア
・他のセラピストとのディスカッションから得た知識
である。これらから知識を収集する際には注意しなければならない点がいくつかと思われる。その知識が確からしいかどうか判断する必要があるからである。
論文を読む際には、実験方法が適切かどうか、分析(統計的な分析も含める)が適切かどうか、結果から適切に自分が解釈できるかが重要となる。
教科書や文庫では、どのような経歴の人の意見か、著者はどのような研究をしているのか、現在どのような活動をしているのか(学会の所属や勤務先)、引用している論文が適切かどうか、著者の意見が飛躍しすぎていないか。
臨床家自身のアイデアと他のセラピストとのディスカッションから得た知識は、臨床で適切な方法で適切な分析から検証したのかを判断する能力が必要となる。
結果として、これらの方法に共通する点は、知識を得る者が、適切な方法で適切な分析から検証できる能力が必要になるということである。
この能力を定着させていくためには、自分で研究的な営みをすることが重要と考える。よって、学会への投稿や論文を書くことによって、査読者による批判を受ける必要があると思われる。
私はまだまだ学会レベルであり、論文を書いたこともない。自分の仮説を立てるための知識の収集方法を磨く必要性があり、今後も研究活動を継続していきたいと思っている。それによって、レベルの高い知識を得ることになり、より洗練された仮説を生み出せるようになるのではないかと考えている。
2015年3月31日火曜日
理想の自分を追いかけて
進藤 隆治(岡崎共立病院)
外を歩いていると、最近は少し汗が出てくるようになり暖かくなっているのを実感します。そして、桜の開花とともに清々しい気分になります。
皆さんは今年度、どのような目標を立てていますか?
私はというと、「考えや意見を他人にわかりやすく伝える事」を目標にしたいと思っています。今までは「とりあえず意見を言う」といった、一方向でしかも自分を主に発言していただけでしたが、これからは相手の意見も傾聴し、理解をしながらも自分の意見を含め、共有できる情報を作っていく、そういった関わりを意識していきたいと考えています。
実現に向けてはじめに、自分はOTなので、特にOTの先生との繋がりの中での関わり作っていきたいと思いました。たまたまですが県OT学会の一般演題に応募して発表が決まりました。まずはそこでわかりやすい発表と適確な質疑応答ができるように準備していきます。
また、院内では脳科学や神経生理学の知見を臨床と繋げる内容やヘルスケアサービスについての自分なりに勉強した事を、自分の意図が伝わりやすいように発表できたらなと考えています。
当研究会の勉強会では、自分は今年度のコーディネートはないですが、発表する機会は作れると思うので、良いテーマが挙がった際には積極的にいけたらいいなと考えています。
これらを遂行する為の私の今の武器と言えば、池上彰さんや齋藤孝さんの著書やプレゼンテーションzenがあります。認知神経リハビリテーションの知見とコミュニケーション術を組み合わせて、今までの発表より、よいものを作っていきたいと思います。
と言いつつも、今考えていることが全てできるかはわかりません。(自信なしです)
しかし、理想の自分を追いかけて、新年度が充実した年になるようにしていきたいです。
皆さんはどういった目標を挙げていますか?
この時期は、目標を立ててスタートをするには絶好のタイミングだと思います。より良い年にする為にも目標を持って一年に望みたいです。
外を歩いていると、最近は少し汗が出てくるようになり暖かくなっているのを実感します。そして、桜の開花とともに清々しい気分になります。
皆さんは今年度、どのような目標を立てていますか?
私はというと、「考えや意見を他人にわかりやすく伝える事」を目標にしたいと思っています。今までは「とりあえず意見を言う」といった、一方向でしかも自分を主に発言していただけでしたが、これからは相手の意見も傾聴し、理解をしながらも自分の意見を含め、共有できる情報を作っていく、そういった関わりを意識していきたいと考えています。
実現に向けてはじめに、自分はOTなので、特にOTの先生との繋がりの中での関わり作っていきたいと思いました。たまたまですが県OT学会の一般演題に応募して発表が決まりました。まずはそこでわかりやすい発表と適確な質疑応答ができるように準備していきます。
また、院内では脳科学や神経生理学の知見を臨床と繋げる内容やヘルスケアサービスについての自分なりに勉強した事を、自分の意図が伝わりやすいように発表できたらなと考えています。
当研究会の勉強会では、自分は今年度のコーディネートはないですが、発表する機会は作れると思うので、良いテーマが挙がった際には積極的にいけたらいいなと考えています。
これらを遂行する為の私の今の武器と言えば、池上彰さんや齋藤孝さんの著書やプレゼンテーションzenがあります。認知神経リハビリテーションの知見とコミュニケーション術を組み合わせて、今までの発表より、よいものを作っていきたいと思います。
と言いつつも、今考えていることが全てできるかはわかりません。(自信なしです)
しかし、理想の自分を追いかけて、新年度が充実した年になるようにしていきたいです。
皆さんはどういった目標を挙げていますか?
この時期は、目標を立ててスタートをするには絶好のタイミングだと思います。より良い年にする為にも目標を持って一年に望みたいです。
