林 節也(岡崎共立病院)
題名「あなたの患者になりたい‐患者の視点で語る医療コミュニケーション‐」
佐伯晴子.医学書院.2003.
僕たちの仕事は、病気やけがなどで社会生活に支障を来たしてしまった患者に対して、様々な視点で関わる必要がある仕事だと思っています。そのためには、身体機能面や精神機能面、生活背景などといった患者を知ることで治療が円滑に進んでいくのだと思います。
患者とのコミュニケーションを図ることは僕たちの仕事ではとても大切なことです。それは、セラピスト皆が分かっている事であると思うし、意識していることだと思います。また、コミュニケーションを図る事で、患者との信頼関係を構築する事となり、心の許せる存在となり、それが内声を確認する事が出来るようにもなってくると思います。
文中では、医療従事者と患者との関係性についてどうあるべきかが書かれています。是非一読して頂ければ良いかと思いますが、私たち医療従事者にとっては病院が職場であるためごく当たり前の環境となっているが、患者にとっては特別な世界である事。不安だらけの生活において通じない専門用語。問診ではなかなか病状を説明出来ない事への不安など、患者の心の想いが多々書かれています。また、それを解決するために必要である事の一つにとして、医療従事者の表情や清潔さ、態度といったコミュニケーションを図り、信頼関係を築きあげることだと述べられています。
僕たちは患者さんを内部観察の視点からも関わっていきます。しかし、接触情報や身体の位置関係を「患者がどう認識しているのか・注意しているのか」といった評価の部分を観察していく前提には、患者との信頼関が構築されていなければ、患者も正直には意識経験を語る事が出来ず、治療に影響を与えてしまうのではないでしょうか?日常の何気ない振る舞いから患者との信頼関係を構築していかなければいけない。今一度患者との関係を改めようと思うきっかけとなった一冊です。
2012年9月15日土曜日
2012年9月1日土曜日
所さんの目がテン
進藤 隆治(国府病院)
所さんの目がテン(2012年8月12日:中京テレビにて放送)
テーマ:誰でも絵が上手に(秘)技
日曜日の朝といえば一昔から愛され続けている番組がある。それは「所さんの目がテン」だと言う人は私はきっと多いと思う。(関東の方では土曜日放送らしい)
「所さんの目がテン」は日本テレビ系列にて1989年から放送されている長寿番組で、科学・自由研究を中心とした生活情報番組である。少しためになる(?)情報を面白可笑しく伝えてくれるこの番組は見はじめると忙しくてもついつい最後まで見てしまう。
さて、今回のテーマは「誰でも絵が上手に(秘)技」ということであったが、番組では絵心がある人・ない人は何が違うのかを脳画像を使って説明していた。それによると絵心がある人は明らかに右脳の賦活が認められ、絵心がない人は左脳だけが賦活しているとのことだった。専門家の話しでは「論理的な思考をする左脳が、感覚的な思考をする右脳より働いてしまう」とのこと。左脳はイメージをシンボル化してしまうので、抽象的になり絵が幼稚になるそうだ。絵心がある美大生は右脳がかなり賦活しており、形やサイズといった特徴を具体的に捉えることができていた。
これをみて、左右間の脳の賦活のバランスは重要だと改めて思った。健常者でもこれだけ左右の賦活に偏りがみられるなら、片側に病巣があるCVA患者さんはさらに偏りが著明になることは想像できる。今日では左右半球は脳梁を通じて連絡を取り合って協調・監視を行っていることがわかっており、また半球間抑制といった左右半球のメカニズムも明らかにされている。脳をシステムと捉えるならば左右半球の役割はしっかりと押さえておきたいとこである。
話しは番組に戻り、風景画を上手く描くのに簡単な方法を紹介していた。それは逆さまから見て描くというものだった。逆さにすることにより右脳スイッチが入るとのこと。ただ逆さまに見て描いただけなのに明らかに上手い絵が描けていた。
これについてはもちろんリハビリでは単純に当てはまらないが、神経生理学的な視点や脳の機能を知ることは、より患者さんに適確な課題や言語介助を行っていく上で強い武器になると思う。
最後にそんなことで絵が上手くかけるのかと思った人はぜひ一度、試しに逆立ちをしてみてほしい。右脳スイッチを入り何かしら新しい自分がみつかるかもしれない(笑)
所さんの目がテン(2012年8月12日:中京テレビにて放送)
テーマ:誰でも絵が上手に(秘)技
日曜日の朝といえば一昔から愛され続けている番組がある。それは「所さんの目がテン」だと言う人は私はきっと多いと思う。(関東の方では土曜日放送らしい)
「所さんの目がテン」は日本テレビ系列にて1989年から放送されている長寿番組で、科学・自由研究を中心とした生活情報番組である。少しためになる(?)情報を面白可笑しく伝えてくれるこの番組は見はじめると忙しくてもついつい最後まで見てしまう。
さて、今回のテーマは「誰でも絵が上手に(秘)技」ということであったが、番組では絵心がある人・ない人は何が違うのかを脳画像を使って説明していた。それによると絵心がある人は明らかに右脳の賦活が認められ、絵心がない人は左脳だけが賦活しているとのことだった。専門家の話しでは「論理的な思考をする左脳が、感覚的な思考をする右脳より働いてしまう」とのこと。左脳はイメージをシンボル化してしまうので、抽象的になり絵が幼稚になるそうだ。絵心がある美大生は右脳がかなり賦活しており、形やサイズといった特徴を具体的に捉えることができていた。
これをみて、左右間の脳の賦活のバランスは重要だと改めて思った。健常者でもこれだけ左右の賦活に偏りがみられるなら、片側に病巣があるCVA患者さんはさらに偏りが著明になることは想像できる。今日では左右半球は脳梁を通じて連絡を取り合って協調・監視を行っていることがわかっており、また半球間抑制といった左右半球のメカニズムも明らかにされている。脳をシステムと捉えるならば左右半球の役割はしっかりと押さえておきたいとこである。
話しは番組に戻り、風景画を上手く描くのに簡単な方法を紹介していた。それは逆さまから見て描くというものだった。逆さにすることにより右脳スイッチが入るとのこと。ただ逆さまに見て描いただけなのに明らかに上手い絵が描けていた。
これについてはもちろんリハビリでは単純に当てはまらないが、神経生理学的な視点や脳の機能を知ることは、より患者さんに適確な課題や言語介助を行っていく上で強い武器になると思う。
最後にそんなことで絵が上手くかけるのかと思った人はぜひ一度、試しに逆立ちをしてみてほしい。右脳スイッチを入り何かしら新しい自分がみつかるかもしれない(笑)
2012年8月15日水曜日
NHK スペシャル 『MIRACLE BODY』
首藤 康聡(岡崎南病院)
NHK スペシャル 『MIRACLE BODY』
http://www.nhk.or.jp/special/miraclebody/
17日間にも及ぶ暑い熱戦が繰り広げられた、オリンピックも終わりましたね。眠れない日々が続いた方もいらっしゃるのではないでしょうか?日本代表は史上最多の38 個のメダルを獲得しました。今回紹介するのはその中でも、個人総合金メダルを含む合計3個のメダルを獲得した体操日本代表の「内村航平」選手の強さに迫った番組です。
番組の中では視覚や空中感覚と言われる能力に内村選手が優れていることが様々な実験で解き明かされて行きました。その中でも僕が気になったのは「運動イメージ」です。全国大会に出場する選手と内村選手の運動イメージ中の脳活動をfMRIで比較したところ、ある選手は視覚野が、内村選手は高次運動野の血流量の増加を認めました。これは前者が「三人称イメージ」で後者は「一人称イメージ」であると番組では解説されていました。また、「頭の中に小さな自分がいて、体をどう動かせばいいのか教えてくれる」と内村選手はインタビューに答えています。
この一人称イメージに内村選手が目覚めたのは14歳の頃だそうです。ビデオである選手の「トカレフ」という技を何度も何度も繰り返し見ていると、ふと自分の体がまるでトカレフを決めているかのような感覚に襲われたそうです。実際にそのあと、トカレフを練習してみるとすぐにできたそうです。当時、一流の選手がこぞって練習し極めようとしたトカレフをわずか14歳の少年が決めてしまったのです。
いかがでしょうか?内村選手の強さが少しはお分かりいただけたでしょうか?やはり、一人称イメージは運動学習に非常に有効な手段であるように思えます。そのイメージを僕らは臨床で考えて訓練に取り入れています。だけど、どうでしょうか?その効果をすぐに求めていませんか?確かに一人称イメージは有効です。しかし、内村選手でさえ一人称イメージができるようになるまでに、相当な努力を要しています。運動イメージができるできないではなく、いかに運動イメージができるように訓練を展開して行くのかそれを考えるとともに、焦らずゆっくりと訓練を展開して見ませんか?
この番組は今にところ再放送は予定されていないようですが、もしあるようなら一度見てみて下さい。他にも臨床を考えるヒントが沢山ありますから。
NHK スペシャル 『MIRACLE BODY』
http://www.nhk.or.jp/special/miraclebody/
17日間にも及ぶ暑い熱戦が繰り広げられた、オリンピックも終わりましたね。眠れない日々が続いた方もいらっしゃるのではないでしょうか?日本代表は史上最多の38 個のメダルを獲得しました。今回紹介するのはその中でも、個人総合金メダルを含む合計3個のメダルを獲得した体操日本代表の「内村航平」選手の強さに迫った番組です。
番組の中では視覚や空中感覚と言われる能力に内村選手が優れていることが様々な実験で解き明かされて行きました。その中でも僕が気になったのは「運動イメージ」です。全国大会に出場する選手と内村選手の運動イメージ中の脳活動をfMRIで比較したところ、ある選手は視覚野が、内村選手は高次運動野の血流量の増加を認めました。これは前者が「三人称イメージ」で後者は「一人称イメージ」であると番組では解説されていました。また、「頭の中に小さな自分がいて、体をどう動かせばいいのか教えてくれる」と内村選手はインタビューに答えています。
この一人称イメージに内村選手が目覚めたのは14歳の頃だそうです。ビデオである選手の「トカレフ」という技を何度も何度も繰り返し見ていると、ふと自分の体がまるでトカレフを決めているかのような感覚に襲われたそうです。実際にそのあと、トカレフを練習してみるとすぐにできたそうです。当時、一流の選手がこぞって練習し極めようとしたトカレフをわずか14歳の少年が決めてしまったのです。
いかがでしょうか?内村選手の強さが少しはお分かりいただけたでしょうか?やはり、一人称イメージは運動学習に非常に有効な手段であるように思えます。そのイメージを僕らは臨床で考えて訓練に取り入れています。だけど、どうでしょうか?その効果をすぐに求めていませんか?確かに一人称イメージは有効です。しかし、内村選手でさえ一人称イメージができるようになるまでに、相当な努力を要しています。運動イメージができるできないではなく、いかに運動イメージができるように訓練を展開して行くのかそれを考えるとともに、焦らずゆっくりと訓練を展開して見ませんか?
この番組は今にところ再放送は予定されていないようですが、もしあるようなら一度見てみて下さい。他にも臨床を考えるヒントが沢山ありますから。
2012年8月1日水曜日
脳は直感している―直感を鍛える7つの方法
佐藤 郁江(岡崎南病院)
脳は直感している―直感を鍛える7つの方法
佐々木省吾 祥伝社 2007
題目が気になって古本屋で手に取った本です。直感自体は存在しているものの当たるか当たらないかは人それぞれであると感じています。今まで直感はなんだか気になっていた部分で自分の中でも以前の臨床のヒントの中でも関係することを書いているように思います。気になったところとして最後の章(直感を鍛える7つの方法)で書かれている1つ目の「自分の五感を使って「知覚」することを、もっと心がける」です。これは直感するために「現在の状況」を把握する必要があるからです。直感は初めの章に書かれているのですが知識や経験を加味した、総合的な判断と書かれておりどのような経験をしてきたかによって左右されるものであるといえます。患者さんにも何を経験してもらいどのようなことを知ってもらうかは考えていく必要があると思われます。
本書の中に一つ緊張感と活動パフォーマンスの関係につて書かれていた部分があります。これはヤーキーズらが緊張感と活動パフォーマンスの間に逆U字の関係があることです。そしてやさしい問題ほど高い緊張感(覚醒水準)が求められ、難しい問題であるほうがある程度のリラックスでの取り組む方が良いと研究しているそうです。この研究があるので私たちは患者さんにとっては少し難しいと感じる課題を与えていることが多いと思います。緊張度を少し考えながら行っていく必要もあると感じます。
脳は直感している―直感を鍛える7つの方法
佐々木省吾 祥伝社 2007
題目が気になって古本屋で手に取った本です。直感自体は存在しているものの当たるか当たらないかは人それぞれであると感じています。今まで直感はなんだか気になっていた部分で自分の中でも以前の臨床のヒントの中でも関係することを書いているように思います。気になったところとして最後の章(直感を鍛える7つの方法)で書かれている1つ目の「自分の五感を使って「知覚」することを、もっと心がける」です。これは直感するために「現在の状況」を把握する必要があるからです。直感は初めの章に書かれているのですが知識や経験を加味した、総合的な判断と書かれておりどのような経験をしてきたかによって左右されるものであるといえます。患者さんにも何を経験してもらいどのようなことを知ってもらうかは考えていく必要があると思われます。
本書の中に一つ緊張感と活動パフォーマンスの関係につて書かれていた部分があります。これはヤーキーズらが緊張感と活動パフォーマンスの間に逆U字の関係があることです。そしてやさしい問題ほど高い緊張感(覚醒水準)が求められ、難しい問題であるほうがある程度のリラックスでの取り組む方が良いと研究しているそうです。この研究があるので私たちは患者さんにとっては少し難しいと感じる課題を与えていることが多いと思います。緊張度を少し考えながら行っていく必要もあると感じます。
2012年7月15日日曜日
ぼくの脳を返して
尾﨑 正典(尾張温泉リハビリかにえ病院)
ぼくの脳を返して
―ロボトミー手術に翻弄されたある少年の物語―
ハワード・ダリー+チャールズ・フレミング WAVE出版
私がロボトミー手術のことを知ったのは学生時代、精神障害の授業で観た「カッコーの巣の上で」という映画で、暴れていた人たちが手術を終えると急におとなしくなっていく姿が映し出されていたことを思い出しました。ロボトミー手術とは前頂葉切除手術のことでlobotomyと綴られloboは前頂葉や側頭葉などの「葉」を表し、tomyは「切除」を表します。
「ぼくの脳を返して・ロボトミー手術」という言葉が妙に引っ掛かり手に取っていました。
ポルトガルの医師エガス・モニス(1874-1955)がロボトミー手術の治療的価値を発見して1949年のノーベル生理学・医学賞を受賞しました。当時は、統合失調症や躁鬱病のような精神病に有効な治療法がなくロボトミー手術が行われました。ロボトミー手術をアメリカに紹介したウォルター・フリーマン(著者を実際に手術した医師)とジェイムス・ワルツがモニスのロボトミー手術をアメリカに紹介し、全米で年間600件程が実施されるようになり、手術例はノーベル賞受賞までにアメリカだけで1万件に達していたそうです。日本でも1942年の中田瑞穂始め、広瀬貞雄が1947年~1972年の25年間に523件のロボトミー手術をした記録がありますが、総数は分からず3~12万件と言われています。
著者のハワード・ダリーは少年時代、少々いたずら好きなごく普通の少年であり、幼くして母を亡くしたのち、父親の再婚相手に疎まれ、両親から虐待され、そして、統合失調症という間違った病名を与えられ1960年、わずか12歳にしてロボトミー手術を受けさせられました。その後、家族から捨てられ精神病院や拘置所を転々と過ごし、50歳になってようやく心から愛せる女性と巡り合ったことをきっかけとして、すさんだ過去を省みるようになり、そのような人生を送るにいたった原因を突き止めるための「旅」に出ました。そして、その「旅」の途中でロボトミー手術の第一人者として知られるフリーマン博士を題材にしたラジオ番組に出演する機会を得て、ハワード自らの診察・手術記録を手術中の写真まで含めてすべて閲覧することになりました。
エガス・モニスが発見したロボトミー手術が、人類に多大なる貢献をした者に与えられるノーベル賞を受賞した事実、そして、現在ノーベル賞の取り消しの運動さえ起こっている現実があります。当時としては、最高の治療とされていたのでしょうが、次第に真実が明らかになり危険であると判明され、薬物での治療法が開発されることによって、今現在は行われていません。
この本を読んでいてリハビリテーションの世界でも起こりうることではなかろうかとふと思ってしまいました。現在、日本のリハビリテーション臨床現場で当たり前のように行われている訓練は、未来には間違いであったということにならないであろうか?なるかもしれないし、ならないかもしれない。それは未来にしか分からないでしょう。現在行われているリハビリテーション自体が1950年代からほとんど変わっていない事実さえ知らないセラピストが大勢います。これだけ社会は変化しているのに「なぜリハビリテーションは変わっていないのか?」ということを。そして、これではいけないと日々研鑚し、取り組む人々も確かにいます。未来のリハビリテーションがどうなっているのかということは分かりませんが、1950年代にリハビリテーション訓練を構築した方々は当時、約60年も変わらない訓練を予想したのでしょうか?現実的には不可能ですが、もし、今、現代に彼らが来ることが出来たとして、リハビリテーションの臨床現場を見たとしたら、どのように感じるのだろうか?と思ってしまいました。
私達が日々「問題―仮説―検証」を常に繰り返し、「理論と実践、本と訓練室の間を行ったりきたりしながら、常に新しい問題点に戻って循環する。」このことを忘れず臨床展開し続けていくことで、ロボトミー手術の犯した様な事実は防ぐことができるのではないかと私は思います。そして、私達が行わなければいけない「患者の真の期待に答えられる治療」を実践できるのではないかと思います。
「ぼくの脳を返して」の著者により医療者の犯してしまった取り返しのつかない史実と、その現実の中で生きていかなければいけない患者の事実を知ることで、私達が犯してはいけないことに改めて気づかせて頂きました。
ぼくの脳を返して
―ロボトミー手術に翻弄されたある少年の物語―
ハワード・ダリー+チャールズ・フレミング WAVE出版
私がロボトミー手術のことを知ったのは学生時代、精神障害の授業で観た「カッコーの巣の上で」という映画で、暴れていた人たちが手術を終えると急におとなしくなっていく姿が映し出されていたことを思い出しました。ロボトミー手術とは前頂葉切除手術のことでlobotomyと綴られloboは前頂葉や側頭葉などの「葉」を表し、tomyは「切除」を表します。
「ぼくの脳を返して・ロボトミー手術」という言葉が妙に引っ掛かり手に取っていました。
ポルトガルの医師エガス・モニス(1874-1955)がロボトミー手術の治療的価値を発見して1949年のノーベル生理学・医学賞を受賞しました。当時は、統合失調症や躁鬱病のような精神病に有効な治療法がなくロボトミー手術が行われました。ロボトミー手術をアメリカに紹介したウォルター・フリーマン(著者を実際に手術した医師)とジェイムス・ワルツがモニスのロボトミー手術をアメリカに紹介し、全米で年間600件程が実施されるようになり、手術例はノーベル賞受賞までにアメリカだけで1万件に達していたそうです。日本でも1942年の中田瑞穂始め、広瀬貞雄が1947年~1972年の25年間に523件のロボトミー手術をした記録がありますが、総数は分からず3~12万件と言われています。
著者のハワード・ダリーは少年時代、少々いたずら好きなごく普通の少年であり、幼くして母を亡くしたのち、父親の再婚相手に疎まれ、両親から虐待され、そして、統合失調症という間違った病名を与えられ1960年、わずか12歳にしてロボトミー手術を受けさせられました。その後、家族から捨てられ精神病院や拘置所を転々と過ごし、50歳になってようやく心から愛せる女性と巡り合ったことをきっかけとして、すさんだ過去を省みるようになり、そのような人生を送るにいたった原因を突き止めるための「旅」に出ました。そして、その「旅」の途中でロボトミー手術の第一人者として知られるフリーマン博士を題材にしたラジオ番組に出演する機会を得て、ハワード自らの診察・手術記録を手術中の写真まで含めてすべて閲覧することになりました。
エガス・モニスが発見したロボトミー手術が、人類に多大なる貢献をした者に与えられるノーベル賞を受賞した事実、そして、現在ノーベル賞の取り消しの運動さえ起こっている現実があります。当時としては、最高の治療とされていたのでしょうが、次第に真実が明らかになり危険であると判明され、薬物での治療法が開発されることによって、今現在は行われていません。
この本を読んでいてリハビリテーションの世界でも起こりうることではなかろうかとふと思ってしまいました。現在、日本のリハビリテーション臨床現場で当たり前のように行われている訓練は、未来には間違いであったということにならないであろうか?なるかもしれないし、ならないかもしれない。それは未来にしか分からないでしょう。現在行われているリハビリテーション自体が1950年代からほとんど変わっていない事実さえ知らないセラピストが大勢います。これだけ社会は変化しているのに「なぜリハビリテーションは変わっていないのか?」ということを。そして、これではいけないと日々研鑚し、取り組む人々も確かにいます。未来のリハビリテーションがどうなっているのかということは分かりませんが、1950年代にリハビリテーション訓練を構築した方々は当時、約60年も変わらない訓練を予想したのでしょうか?現実的には不可能ですが、もし、今、現代に彼らが来ることが出来たとして、リハビリテーションの臨床現場を見たとしたら、どのように感じるのだろうか?と思ってしまいました。
私達が日々「問題―仮説―検証」を常に繰り返し、「理論と実践、本と訓練室の間を行ったりきたりしながら、常に新しい問題点に戻って循環する。」このことを忘れず臨床展開し続けていくことで、ロボトミー手術の犯した様な事実は防ぐことができるのではないかと私は思います。そして、私達が行わなければいけない「患者の真の期待に答えられる治療」を実践できるのではないかと思います。
「ぼくの脳を返して」の著者により医療者の犯してしまった取り返しのつかない史実と、その現実の中で生きていかなければいけない患者の事実を知ることで、私達が犯してはいけないことに改めて気づかせて頂きました。
2012年7月2日月曜日
もうひとつの世界でもっとも美しい10の科学実験
荻野 敏(国府病院)
もうひとつの世界でもっとも美しい10の科学実験
ジョージ・ジョンソン著 吉田三知世訳
日経BP社 2009
自宅の近くにある小さな図書館にも意外と掘り出し物の本がおいてある。本棚を眺めて気になる本を手に取り、目次をぱらぱらとめくって内容が面白そうだと、小躍りしたくなる。だから、図書館や本屋は大好きだ。最近は科学系の本がお気に入りでよく読んでいる。この本も、近くの小さな図書館の一番奥の棚の一番高い場所に置かれてあった。普段なら絶対に目にはいることのない位置に置かれた本だが、科学系で面白そうな本を探しているときに出会えた。
タイトルからすでに好奇心をくすぐる。目次の前には晩年のアルベルト・アインシュタインの文章が書かれている。子供の頃に方位磁石を父親から見せてもらって、針がずっと北を指してることに対して強烈な印象を受けたそうだ。そしてこう綴っている。「それは、物事の背後には、奥深く隠された何かがあるに違いないという印象である」
「もうひとつの」とタイトルに付けられているので、察しがつくと思うが、「世界でもっとも美しい10の科学実験」という本も存在する。そちらの本は主に物理学の科学実験を紹介している。地球の円周を紀元前に測ろうとした実験やガリレオガリレイの斜塔の実験、アルファ実験と呼ばれる加速度の実験などが美しい実験として紹介されている。こちらも興味深いが、今回紹介する本には物理学だけでなく生物学・化学・物理学の科学全般から選ばれた10の実験が紹介されている。
第9章にはイワン・パブロフの条件反射の実験が詳細に記載されている。この章のサブタイトルは「測定不可能なものを測定する」だ。パブロフは犬を実験で使う際、「短期間で行う暴力的な実験」は極力避けたそうだ。パブロフは長期的なアプローチを好んだ。犬の胃や唾液腺などを手術して、動物が手術から完全に回復してはじめて、数ヶ月から数年間におよぶ観察に取りかかったそうだ。短期的で暴力的な実験は、パブロフから言わせると時計が動く仕組みを理解しようとして木槌で時計を壊してしまうようなものだった。著者はこう述べる。「パブロフが犬を使って行った研究は、その明快な論理とエレガントな体系によって、最も遠い星よりもなお遠いと思われていた世界、脳の内側への道を開いたのであった」と。
1904年、パブロフは消化生理の研究でノーベル賞を受賞する。1935年に「ある犬を記念して」という装飾噴水が、パブロフの在籍していた実験医学研究所の敷地内に作られたそうだ。その側面には研究所内の場景と「有史以前から人間への奉仕者でありかつその友であった犬が、自らを科学の生贄に捧げるのを受け入れよ。しかし、われわれに道徳的品格があるのなら、それは常に不必要な痛みなしに行われねばならない」というパブロフの言葉が刻まれているという。
他にも興味深い実験が紹介されている。かなり子細に。先人たちのアイデアには驚かされるし、実験とは観察なんだということを改めて思わされる。科学とはなんだろうか、我々の仕事はいったいなんだろうかと疑問に思ったときに紐解くと良い本である。一読を勧める。
もうひとつの世界でもっとも美しい10の科学実験
ジョージ・ジョンソン著 吉田三知世訳
日経BP社 2009
自宅の近くにある小さな図書館にも意外と掘り出し物の本がおいてある。本棚を眺めて気になる本を手に取り、目次をぱらぱらとめくって内容が面白そうだと、小躍りしたくなる。だから、図書館や本屋は大好きだ。最近は科学系の本がお気に入りでよく読んでいる。この本も、近くの小さな図書館の一番奥の棚の一番高い場所に置かれてあった。普段なら絶対に目にはいることのない位置に置かれた本だが、科学系で面白そうな本を探しているときに出会えた。
タイトルからすでに好奇心をくすぐる。目次の前には晩年のアルベルト・アインシュタインの文章が書かれている。子供の頃に方位磁石を父親から見せてもらって、針がずっと北を指してることに対して強烈な印象を受けたそうだ。そしてこう綴っている。「それは、物事の背後には、奥深く隠された何かがあるに違いないという印象である」
「もうひとつの」とタイトルに付けられているので、察しがつくと思うが、「世界でもっとも美しい10の科学実験」という本も存在する。そちらの本は主に物理学の科学実験を紹介している。地球の円周を紀元前に測ろうとした実験やガリレオガリレイの斜塔の実験、アルファ実験と呼ばれる加速度の実験などが美しい実験として紹介されている。こちらも興味深いが、今回紹介する本には物理学だけでなく生物学・化学・物理学の科学全般から選ばれた10の実験が紹介されている。
第9章にはイワン・パブロフの条件反射の実験が詳細に記載されている。この章のサブタイトルは「測定不可能なものを測定する」だ。パブロフは犬を実験で使う際、「短期間で行う暴力的な実験」は極力避けたそうだ。パブロフは長期的なアプローチを好んだ。犬の胃や唾液腺などを手術して、動物が手術から完全に回復してはじめて、数ヶ月から数年間におよぶ観察に取りかかったそうだ。短期的で暴力的な実験は、パブロフから言わせると時計が動く仕組みを理解しようとして木槌で時計を壊してしまうようなものだった。著者はこう述べる。「パブロフが犬を使って行った研究は、その明快な論理とエレガントな体系によって、最も遠い星よりもなお遠いと思われていた世界、脳の内側への道を開いたのであった」と。
1904年、パブロフは消化生理の研究でノーベル賞を受賞する。1935年に「ある犬を記念して」という装飾噴水が、パブロフの在籍していた実験医学研究所の敷地内に作られたそうだ。その側面には研究所内の場景と「有史以前から人間への奉仕者でありかつその友であった犬が、自らを科学の生贄に捧げるのを受け入れよ。しかし、われわれに道徳的品格があるのなら、それは常に不必要な痛みなしに行われねばならない」というパブロフの言葉が刻まれているという。
他にも興味深い実験が紹介されている。かなり子細に。先人たちのアイデアには驚かされるし、実験とは観察なんだということを改めて思わされる。科学とはなんだろうか、我々の仕事はいったいなんだろうかと疑問に思ったときに紐解くと良い本である。一読を勧める。
2012年6月17日日曜日
心の発達と教育の進化的基盤
井内 勲(岡崎共立病院)
「心の発達と教育の進化的基盤」明和政子「科学」Vol.78, No.6, 626-630:岩波書店
今回は「心の発達と教育の進化的基盤」を読んで臨床のヒントというよりも自分の臨床を振り返ってみた。
本稿は、チンパンジーの母子間でみられるコミュニケーションを通じて、人間の心の発達について述べられている。その中の「心の発達とコミュニケーション」という段落より、チンパンジーの母子間コミュニケーションと人間のそれとの特徴の大きな違いが比較紹介されており、またチンパンジーの模倣能力の特性も述べられていた。
要約すると、人間の乳児は生後4ヵ月を過ぎるころ、物に手を伸ばし始め、おとなとの間で物を介した遊びを開始する。そして生後9ヵ月を迎えるころ、人間のコミュニケーションは以下のように劇的に変化する。
・乳児は他者が注意を払っている物を目で追い始める(視線追従)
・見知らぬ物に出くわしたときに、母親と物とを交互にみくらべる(社会的参照)
・自分の興味ある物や出来事を指差すことで、他者の関心を引き寄せる(共同注意)
いわゆる二項的な関わり(「他者-乳児」あるいは「物-乳児」)に加え、他者の視点を通した物との関わり、三項関係(「他者-物-乳児」)に基づくコミュニケーションの出現である。このような共同注意や視線追従は他者の心的状態(意図)を理解する能力の指標とみなされ、この能力は、人間の高度な社会的知性の発達基盤であるといわれる。
しかしチンパンジーの母子間では共同注意・社会的参照といった行為は日常場面ではほとんど観察されない。母親がめずらしいものを操作しているところへ乳児が近づき、自分でもそれに触れようとする場面はよくみられるが、人間の乳児のように、物を母親の方へわざわざ持っていって見せたり、母親に注意を向けさせようとすることは、チンパンジーではまったく観察されない。
チンパンジーの乳児は、他者と注意や行動を共有する機会、他者と同じ行為を自分で追体験する機会が人間に比べて圧倒的に乏しく、それは、チンパンジーの模倣能力が人間と比べてかなり制約されている事実にも裏づけられる。チンパンジーが模倣する際の手がかりは、操作された物がどの方向に動いたのか、どのような属性をもつのかなどの、物に関する情報に限られている。よってチンパンジーにっとっては、他者の身体の動きを自分のそれに重ね合わせて模倣することが難しい。
と述べられていた。さて、自らの訓練は道具の特性を知覚してもらう際、セラピストと道具から得られる様々な情報と患者の三項関係は成立しているのであろうか?お互いが課題の要素や情報性を共有できているつもりになっていないか?そのためにも「人間の高度な社会的知性の発達基盤」としてのコミュニケーションを忘れてはいけない事を再考した。
「心の発達と教育の進化的基盤」明和政子「科学」Vol.78, No.6, 626-630:岩波書店
今回は「心の発達と教育の進化的基盤」を読んで臨床のヒントというよりも自分の臨床を振り返ってみた。
本稿は、チンパンジーの母子間でみられるコミュニケーションを通じて、人間の心の発達について述べられている。その中の「心の発達とコミュニケーション」という段落より、チンパンジーの母子間コミュニケーションと人間のそれとの特徴の大きな違いが比較紹介されており、またチンパンジーの模倣能力の特性も述べられていた。
要約すると、人間の乳児は生後4ヵ月を過ぎるころ、物に手を伸ばし始め、おとなとの間で物を介した遊びを開始する。そして生後9ヵ月を迎えるころ、人間のコミュニケーションは以下のように劇的に変化する。
・乳児は他者が注意を払っている物を目で追い始める(視線追従)
・見知らぬ物に出くわしたときに、母親と物とを交互にみくらべる(社会的参照)
・自分の興味ある物や出来事を指差すことで、他者の関心を引き寄せる(共同注意)
いわゆる二項的な関わり(「他者-乳児」あるいは「物-乳児」)に加え、他者の視点を通した物との関わり、三項関係(「他者-物-乳児」)に基づくコミュニケーションの出現である。このような共同注意や視線追従は他者の心的状態(意図)を理解する能力の指標とみなされ、この能力は、人間の高度な社会的知性の発達基盤であるといわれる。
しかしチンパンジーの母子間では共同注意・社会的参照といった行為は日常場面ではほとんど観察されない。母親がめずらしいものを操作しているところへ乳児が近づき、自分でもそれに触れようとする場面はよくみられるが、人間の乳児のように、物を母親の方へわざわざ持っていって見せたり、母親に注意を向けさせようとすることは、チンパンジーではまったく観察されない。
チンパンジーの乳児は、他者と注意や行動を共有する機会、他者と同じ行為を自分で追体験する機会が人間に比べて圧倒的に乏しく、それは、チンパンジーの模倣能力が人間と比べてかなり制約されている事実にも裏づけられる。チンパンジーが模倣する際の手がかりは、操作された物がどの方向に動いたのか、どのような属性をもつのかなどの、物に関する情報に限られている。よってチンパンジーにっとっては、他者の身体の動きを自分のそれに重ね合わせて模倣することが難しい。
と述べられていた。さて、自らの訓練は道具の特性を知覚してもらう際、セラピストと道具から得られる様々な情報と患者の三項関係は成立しているのであろうか?お互いが課題の要素や情報性を共有できているつもりになっていないか?そのためにも「人間の高度な社会的知性の発達基盤」としてのコミュニケーションを忘れてはいけない事を再考した。
