2011年8月8日月曜日

ONE PIECE STRONG WORDS(下巻)

荻野 敏(国府病院)

ONE PIECE STRONG WORDS(下巻)
尾田栄一郎 解説/内田樹
集英社新書ヴィジュアル版(2011年4月20日第一刷発行)

ワンピースといえば、日本を代表する傑作漫画。しかもまだ連載中で、その勢いはとどまるところを知りません。『かつて海賊王ゴールド・ロジャーが地の果てに置いてきたという「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」。主人公モンキー・D・ルフィはこの大秘宝を手に入れ、海賊王となるために、幾多の出会いと戦いを繰り返しながら、“偉大なる航路”を行く』。1997年に週刊少年ジャンプで始まったこの漫画は発行部数の記録を塗り替えるほど、多くの人の心をつかんでいますよね。この「ONE PIECE STRONG WORDS」という本は、そのワンピースの中で、登場人物が語る言葉のチカラの厳選集です。となると、その登場人物たちの言葉をここでピックアップして・・・・、という予測が立ちそうですよね。でも今回、紹介したいのはこの本の解説を書いている内田樹さんの解説部分なんです。内田樹(うちだたつる)さんは思想家であり武道家でもある現神戸女学院大学の教授で、専門はフランス現代思想です(ユダヤ人問題にも詳しい)。内田さんは上巻と下巻それぞれに解説を書かれていますが、その下巻の解説が秀逸です。実はこのネタ、今度のベーシックコース(愛知会場)で話そうと思っているネタでもあります。まあでも、受講者の全員がこの愛知県認知運動療法研究会のホームページをチェックしているとは思えないので、ネタバレ覚悟で書いてみようかと(笑)。ベーシックの講義の準備はこれから少しずつやっていくので、これだけ言っておいて実際の講義でこのネタを使わなかったらそれはそれでツッコミを入れてください(笑)。さて、下巻の解説にはどのようなことが書かれているのか。実は、登場人物ロロノア・ゾロの「強さ」、その「強さの限界」について少し書かれています。もしかしたらワンピースを知らない人もいるかもしれませんし、そうすると「ゾロ」って誰?ということになるでしょうが、まあそれは割愛しますね。ゾロは剣豪です。そして常に体を鍛えています。ゾロの修行シーンは繰り返し登場しますが、そのシーンはもっぱら筋骨格系の定量的強化プログラム、つまり筋力強化訓練です。このことについて内田さんはこのように解説しています。

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武道的に言うと、この稽古法では能力開発に限界があります。強弱勝敗にこだわっているうちは、身体能力の強化は線形方程式的にしか進まないからです。筋肉への負担をn倍にすれば、筋肉細胞の断面積がn倍になる・・・・・というような「合理的」な発想でトレーニングしている限り、どこかで限界に突き当たります。
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内田さんはコンピューターに例えて、この方法はハードディスクの容量を増やすことやギガをテラにするといった類であると言っています。武道的な進化とはハードディスクの容量を増やすことではなくOSをヴァージョンアップすることに近いと。しっかり理解できないかもしれないけど、すごく分かる感じがしますよね。筋力をどんだけ上げても、決して使える身体にならないというのは、僕らも臨床上で感じる疑問です。行為は合成特性ではなく、創発特性なのです。「1+1=2」ではなく「1+1=X」になるのです。線形に解釈できない、非線形に変化する、だから難しいし予測できないんですよね。筋力という数字にすることのできるパフォーマンスは、万人にわかりやすい。「これだけ上がりましたよ」「これだけ回復しましたよ」。でも実際の行為は非線形ですから、線形が変化すれば非線形も同様に変化するとはかぎらない。ゾロの修練には限界があるのですね。内田さんは言います。

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今の練習法を量的に強化するだけでは限界を超えることができないと思うアスリートだけが「身体の使い方」を変える。そのときには強い心理的な抵抗が働きます。当然ながら、「身体の使い方」を変えながら試行錯誤している過程では、それまでの「成績」が一時的に下がるからです。手持ちの「ものさし」で計測している限り、「身体の使い方」を変えるとパフォーマンスは必ず下がる。だから怖くてできない。
-中略-
身体の使い方を変えることによってしか、身体能力の限界は超えることができません。でも自分の知らない身体の使い方に習熟するためのプログラムというものは存在しません。「手持ちのものさし」で自分の能力を計測することにこだわる人には、それまでそれを査定する「ものさし」がなかった能力を開発するということができない。
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この解説部分は二つのレベルで重要です。一つは患者の能力の回復をどう捉えるかということ。線形・非線形の考え方ですよね。それともう一つは、我々セラピストの考え方という部分です。一時的にパフォーマンスが下がる、当然、動作訓練をしなければ「本当に大丈夫か」といった患者や家族からの疑問にさらされます。もちろん(認知運動療法を知らない)同僚からも疑問の目で見られるでしょう。そして実際の(パフォーマンスの)パラメーターが低下すると「それみたことか」となってしまいます。なかなか、踏み込めない、進めない、怒られるのが怖い。これが現実でしょうね。でも、身体の使い方を変えなければ、能力も変化してきません。患者は身体が変化しているのです、疾病によって。新たな身体で新たな身体の使い方を習熟する。内田さんの言う「自分の知らない身体の使い方に習熟するためのプログラムというものは存在しない」とは、教師・コーチ・セラピストが示唆を与えて共に成長し変化していかなければ伸びないとも受け取れます。そのために我々セラピストは能力が向上(回復)するための意味と方法を知る必要があります。今のリハビリテーションの世界で、「そこ」に一番近いのはいったいどのような概念なのでしょうか。

ゾロは今までの修行方法では限界を乗り越えることができないでしょう。でも、シャボンディ諸島での一件の後、「麦わらの一味」はバラバラになってしまいましたが、それぞれのチカラを伸ばすための時間と方法と場所を王下七武海のバーソロミュー・クマは与えてくれました。ゾロも世界一の剣豪である王下七武海のジュラキュール・ミホークの下で修業する機会が与えられます。おそらくゾロは「身体の使い方を変えること」によりさらに強くなるでしょう。連載中の漫画にも、まだその成長の核心は描かれていませんが、非線形の強さを見せてくれることを期待しています。

2011年8月4日木曜日

せいりけんニュース

井内 勲(岡崎共立病院)

せいりけんニュースとは、愛知県岡崎市にある 大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所(せいりけん)が広く一般の人、科学に興味にあるの大人から、子ども達に向けて、さまざまな研究によって生み出される成果や、せいりけんの活動報告を紹介している年間6回(1,3,5,7,9,11月)発行される情報誌(パンフレット?)です。同市内の小・中学校、高校、病院などには無償配布されており、いつも色々な発見や情報収集ができるので、楽しみにしています。

2008年の1月から発刊され、現在はVol.22まで発行されています。

先月号の中の「プレスリリース」のコーナーで伊佐正教授らの研究グループによって明らかにされた内容を簡潔に紹介した、『見ていると意識できなくても“覚えている”脳-視覚野障害でも無意識に脳の別の部位(中脳・上丘)が記憶の機能を代償-』の記事にはとても興味深く、以前読んだ『赤を見る:著 ニコラス・ハンフリー』の中で出てきた盲視の内容の研究でもあったので、さらに深く知りたい内容でした。そんな時も、その研究報告の掲載元(多くは英語文献ですが…)が紹介されていますのでさらに深める事も可能です。(僕的にはかなりの労力と時間を要しますが…)

その他にもVol.5で同じく伊佐教授の霊長類の皮質脊髄路からの運動ニューロンへの間接経路の紹介が『脳科学の未来Ⅱ-リハビリテーションと脳-』というタイトルで掲載され、この記事はScienceで発表されてから10ヶ月程で掲載されていました。またVol.19では柿木隆介教授らの生後5~8ヶ月の乳児の顔認知の機能についての紹介なども興味深かった内容でした。

せいりけんニュースは大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所のホームページから定期購読やバックナンバーも取れますので一度チェックしてみて下さい。