2012年6月17日日曜日

心の発達と教育の進化的基盤

井内 勲(岡崎共立病院)

「心の発達と教育の進化的基盤」明和政子「科学」Vol.78, No.6, 626-630:岩波書店  

今回は「心の発達と教育の進化的基盤」を読んで臨床のヒントというよりも自分の臨床を振り返ってみた。

本稿は、チンパンジーの母子間でみられるコミュニケーションを通じて、人間の心の発達について述べられている。その中の「心の発達とコミュニケーション」という段落より、チンパンジーの母子間コミュニケーションと人間のそれとの特徴の大きな違いが比較紹介されており、またチンパンジーの模倣能力の特性も述べられていた。

要約すると、人間の乳児は生後4ヵ月を過ぎるころ、物に手を伸ばし始め、おとなとの間で物を介した遊びを開始する。そして生後9ヵ月を迎えるころ、人間のコミュニケーションは以下のように劇的に変化する。

・乳児は他者が注意を払っている物を目で追い始める(視線追従)
・見知らぬ物に出くわしたときに、母親と物とを交互にみくらべる(社会的参照)
・自分の興味ある物や出来事を指差すことで、他者の関心を引き寄せる(共同注意)

いわゆる二項的な関わり(「他者-乳児」あるいは「物-乳児」)に加え、他者の視点を通した物との関わり、三項関係(「他者-物-乳児」)に基づくコミュニケーションの出現である。このような共同注意や視線追従は他者の心的状態(意図)を理解する能力の指標とみなされ、この能力は、人間の高度な社会的知性の発達基盤であるといわれる。

しかしチンパンジーの母子間では共同注意・社会的参照といった行為は日常場面ではほとんど観察されない。母親がめずらしいものを操作しているところへ乳児が近づき、自分でもそれに触れようとする場面はよくみられるが、人間の乳児のように、物を母親の方へわざわざ持っていって見せたり、母親に注意を向けさせようとすることは、チンパンジーではまったく観察されない。
チンパンジーの乳児は、他者と注意や行動を共有する機会、他者と同じ行為を自分で追体験する機会が人間に比べて圧倒的に乏しく、それは、チンパンジーの模倣能力が人間と比べてかなり制約されている事実にも裏づけられる。チンパンジーが模倣する際の手がかりは、操作された物がどの方向に動いたのか、どのような属性をもつのかなどの、物に関する情報に限られている。よってチンパンジーにっとっては、他者の身体の動きを自分のそれに重ね合わせて模倣することが難しい。

と述べられていた。さて、自らの訓練は道具の特性を知覚してもらう際、セラピストと道具から得られる様々な情報と患者の三項関係は成立しているのであろうか?お互いが課題の要素や情報性を共有できているつもりになっていないか?そのためにも「人間の高度な社会的知性の発達基盤」としてのコミュニケーションを忘れてはいけない事を再考した。

2012年6月2日土曜日

情動による記憶強化のしくみ

林 節也(岡崎共立病院)

題名「情動による記憶強化のしくみ」
著者:枝川義邦.お茶の水女子大学生活科学部生活工学研究会.2006

認知神経リハビリテーションを施行していて、日々思うことの一つに「訓練内容をなかなか記憶されず学習に至らない」ことがあります。先日行った内容は覚えているが、どこに注意を向けて座位保持を保つように指示されたか?座位保持の際に、どこの感覚を意識するのか?といった具体的な内容までは覚えておらず、結局本人の行いやすい代償動作が出現してしまう症例をよく経験します。

そのため、学習されやすい記憶とはどういうものかと思いこの文献を読みました。

私たち自身、日々の生活を送っている中、どうしても忘れられない経験があります。その時の光景をあたかもその場に居合わせているかのように思いだせる事もあるが、辛抱強く机に座って覚えたはずの教科書の内容をすっかり忘れてしまうことがあります。このように忘れられない記憶の中に情動に働きかけた記憶があります。

情動は大脳辺縁系にある扁桃体が中枢とされており、怒り・恐れ・喜び・悲しみなどのように、比較的急速に引き起こされた一時的で急激な感情の動き。好き・嫌いのような感情も含む多様で複雑な心の状態とされています。

この情動と記憶を司る海馬は隣接しており両者とも大脳辺縁系に属しています。海馬と扁桃体はそれぞれが複数の脳部位を含む回路を主導しており、記憶回路をPapez回路と情動回路をYakovlev回路と呼びます。また、海馬と扁桃体は隣接していることから密に神経連絡をしており情報伝達しているそうです。

そのため、情動に強く関与した事柄は海馬に情報伝達され記憶が強化されるそうです。

また、情動にはpositive emotion(正の情動)とnegative emotion(負の情動)があります。この正の情動・負の情動ともに記憶の強化は図れるそうです。以前は負の情動がより記憶の強化が図れるといった文献が多かったそうですが、近年の研究結果より、両者ともに記憶の強化が図れることが分かったそうです。(ただ、リハビリテーション界では正の情動を用いた記憶の強化を図りたいところだが、この文献はまだ手にしていないので探してみます。)

文献的にも情動に関与した事柄は記憶強化されると発見されているため、訓練時にもただ単に患者に思考させるのではなく、主体性を持たせ、情動に働きかけることで教科書の丸暗記ではなく、患者の情動に働きかけれるような訓練の構築が大切だと再度確認することが出来ました。