2016年7月16日土曜日

教えることは難しい

進藤 隆治(岡崎共立病院)

この6月から7月にかけて、職場では新人先生の症例検討発表がある。自分も何か一つは質疑応答できるようにと思いながら参加している。今年は、自分自身も一人の新人の先生に相談役として関わった(当院では、新人に対して、バイザーと相談役がつく)。相談役は新人だけでなくバイザーとも話しを行いながら、新人がセラピストとして仕事が自律して従事できるかを模索する。またバイザーに対しても相談を通し指導を修正していくのも役割である。

今回、新人の先生とのやり取りの中で、次のようなことを言われていた。
「○○さん(自分の症例)のリハビリ目標を教えて下さい」
「訓練で何をすればよいか教えて下さい」
「何をしたらよいのかわかりません」
「わからないけど、何がわからないがわかりません」
「○○さん(症例)のことが書かれている文献ないですか」 etc…

目玉が飛び出るぐらい驚いた。とりあえずこれらの返答として、「その人に何をやったら正解かはわからない。なぜ?と疑問を持ち、その原因を探っていくことをしなければならない。」「その人に興味を持ち、どうすればよいかは探求していくことが必要だよ」と声をかけた。
私はふと想う。伝えた内容を自分がどれだけできているのであろうか?認知神経リハビリテーションも「問題-仮説-検証」を繰り返す作業を行うが、自分自身はどれだけ向き合えているのであろうか?
人に指導して気づかされることは多い。自分自身ももっと臨床推論を実行していかなければと思う機会となった。

それにしても、人を指導することは難しい。体調崩すぐらい思い悩むときもあるが、色々な先生に相談させてもらって、相手も自分も変われる指導ができればと思う。

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